NHK担当課長更迭の真相

菅総理の著書「政治家の覚悟」の中に出てくる、「NHK担当課長の更迭」が話題となっている。

この課長は、私の総務省(旧郵政省)の先輩で、総務省職員ならば誰でも名前を知っている方だ。

私が入省した当時(1993年)から、「事務次官候補の本命」と言われていた優秀な先輩で、上司に対しても自分の意見を進言する度胸があり、政治家とも堂々と渡り合える度量を持った方で、部下にも慕われていた。

しかし、2007年当時の菅総務大臣に突然更迭されて、総務省内では衝撃が走った。著書にあるとおり、新聞社の論説委員との意見交換の場で、「大臣はそういうことをおっしゃっていますが、自民党内にはいろんな考え方の人もいますし、そう簡単ではない。どうなるかわかりません」と客観的な事実を述べただけで、大臣に反旗を翻したなどというものではない。

当時、菅総務大臣が主導するNHK改革に対しては、自民党内の族議員たちが反発していた。総務省の担当課長である以上、自民党内をまとめなければ、NHK改革は実行できないことを知っており、この課長はその根回しに汗をかいていたのであり、その状況を説明したに過ぎない。

もし、公の場でそういう発言を慎んでほしいのならば、この課長を呼んで注意すれば済むことだ。しかし、それをせず、いきなり更迭したのだ。これは、明らかに「見せしめ人事」だ。「俺に逆らう奴(実際はこの課長は逆らっていないのだが)は、容赦なく更迭するぞ」という姿勢を示すために。

菅総理自身がこの著書の中でこう述べている。

「官僚は人事に敏感で、そこから大臣の意見を鋭く察知します」

「私は、人事を重視する官僚の習性に着目し、慣例をあえて破り、周囲から認められる人物を抜擢しました。人事は、官僚のやる気を引き出すための効果的なメッセージを省内に発する重要な手段となるのです」

まさに「忖度」を強要していないか。官僚が最も恐れる人事権を巧みに使ったのだ。やる気を引き出すだけでなく、自分に服従させるためにも。

著書では、「この課長とは関係回復し、その後出世した」ようなことが書かれているが、それは事実と異なる。

事務次官候補の筆頭だったこの課長は、出世コースから外された。おそらく人事案をつくる事務次官や官房長は、官僚人事を一手に握る菅官房長官を忖度し、この課長を出世させなかったことは間違いない。

こうした事例が、総務省だけでなく、ほぼ全省庁にあると言っていい。その事実は官僚を震えあがらせ、政権の意向には絶対に逆らえないという空気をつくりだしてしまった。

反対の意見を述べることすら許されない(「ふるさと納税」の件で更迭された総務省の局長も、ふるさと納税の問題点を述べただけで、敵対行動をとったわけではない)空気をつくってしまった。

まさに「裸の王様」ではないか。

今回の 日本学術会議 の問題は、官僚の世界で行われてきた「見せしめ人事」という手法を、ついに学問の世界にまで拡げたという点において、極めて深刻である。

菅義偉総理の著書「政治家の覚悟」