真備町水害の原因となった末政川(小田川の支流)の決壊について、近隣住民から新たな情報が寄せられています。
真備町水害の原因となった末政川(小田川の支流)の決壊について、近隣住民から新たな情報が寄せられています。
「末政川の堤防より低い場所を道路(有井橋)が通っており、そこから水が溢れだした。本来は陸閘(りくこう)を閉めなければならないのに、それをやらなかったからだ。」
私も初めて知ったのですが、陸閘(りくこう)とは、「水害時に道路をゲート等でふさいで暫定的に堤防の役割を果たす目的で設置された施設」です。
さっそく現場を見に行くと、確かに陸閘(りくこう)があります。
近隣住民に話を聞くと、
「7月6日午後11時頃に末政川の道路(有井橋)から水が溢れだし、警察が来て、道路を通行止めにした。7日午前3時頃にいったん水が引いたが、午前7時頃から再び水が溢れだし、1階は全部浸かってしまった。」
「陸閘(りくこう)があるのは知っているが、閉めたのは見たことがない。誰がどうやって閉めるのか、よくわからない。」
とのことでした。
ただ、国土交通省の資料によれば、昭和51年の水害時には、有井橋の陸閘(りくこう)を閉めているようです。
国土交通省岡山河川事務所に問い合わせると、
「堤防調査委員会でも陸閘(りくこう)の件は話題となったが、委員会の任務は、あくまでも決壊原因の調査であり、陸閘(りくこう)を閉めたかどうかは調査対象ではない。」
という何とも歯切れの悪い回答でした。
この問題は更に調査することにします。