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日記の更新は管理人の都合により遅れることがあります。速報版は掲示板に書き込まれますので、そちらをご覧下さい。

 

2005年6月30日(木) 『4区水島街宣 3ヶ所街宣 情宣物プロジェクト』

午前5時30分起床。

午前7時10分、水島のJFE北門前で、柚木みちよしさんと朝立ち。
JFEの朝は早く、7時前から北門前は大渋滞。日本の高度成長を支えてきた「ものづくり」の街、水島工業地帯で、民主党の政策を思いっきり訴えました。

午前9時、モスバーガーで朝食。「菜摘レタスバーガー」はパンの代わりにレタスでハンバーグを包んだ逸品です。ヘルシーだし、ダイエットにもなるし、お薦めです。

午前9時30分、国道2号線バイパスの中でももっとも交通量の激しい古新田交差点で朝立ち。

午前10時30分、流し街宣(ひとりカラス)をしながら、吉備郵便局前へ。旧2号線の渋滞ポイントでもあり、郵便局職員の皆さんにも聞いてもらえる絶好のポイントを発見。主に「郵政民営化反対」について訴える。政府と自民党との修正案合意は、まさに茶番そのもの。何の意味もない2点の修正をもって、もし自民党の中で、今までは郵政民営化に反対していた議員が賛成に回るようなことがあるなら、政治家の信念を失っているとしか思えません。最初から郵政民営化賛成の議員の方がよっぽどましです。それくらい今回の修正は、どうでもいい中身の無い修正です。まさに茶番劇、出来レースそのものです。そ のことを郵便局職員の皆さんに訴えさせていただきました。さすがに特定郵便局長会(大樹の会)も自民党支持を見直すとのコメントを発表しました。その英断に敬意を表します。

午前11時、同じ旧2号線の最大の渋滞スポット、久米交差点で昼立ち。ここでは主に橋梁の談合事件についての訴え。税金の無駄遣いの最たる例であり、徹底的に追求していきたい。談合によって入札額は2割高くなるといわれており、年間橋梁予算3500億円のうち、700億円は無駄に使われている計算になる。そのお金は週1回の出勤で1000万円以上の年収をもらっている天下り官僚の懐に入っている。国土交通省にはお世話になった先輩や同僚がたくさんいますが、政治を志す者としてこれを許すわけにはいきません。

午後1時、ポスター、チラシ(三つ折パンフレット)の打合せ。

午後2時からはデスクワーク。本日の「情宣物プロジェクト会議」の準備。

午後6時、情宣物プロジェクト会議。「情宣物」とは、ポスターやチラシなど、たかいたかしの知名度を上げるために用いる宣伝用グッズのこと。老若男女いろいろな人に見てもらい、意見を聞くことにより、幅広い層の人に好感を持ってもらえるものを作らなければなりません。今日は百家鳴騒、議論は大いに盛り上がり、結論は出ませんでした。ポスターやチラシは選挙にとってきわめて重要なので、慎重に決めたいと思います。

 

2005年6月29日(水) 『津山挨拶回り 小野先生 若手経営者』

本日は、朝8時30分に、ポスターの製作をボランティアでお願いしている方との打合せがあるため、朝街宣は中止です。久しぶりに、7時過ぎまでゆっくりと眠りました。

午前9時30分、江田事務所3区担当秘書の清水俊平さんと一緒に、津山在住の美作五月会メンバーの方々に挨拶回り。

犬飼木堂の書の前で --小野淳子さん撮影--
犬飼木堂の書の前で
--小野淳子さん撮影--


午後1時30分、中でも大変お世話になっている小野雄三先生(小野形成外科整形外科院長)のご自宅へご挨拶。お正月、江田五月さんとともにお伺いして以来のご挨拶で、すっかりご無沙汰しております。
また、美作五月会を中心となって動かしていただいている小野陽子先生(同副院長)に、津山の方々のところへ連れ歩きしていただきました。この他、津山市の街宣ポイントや今後の選挙戦術など、多岐にわたり有益なアドバイスをいただきました。小野陽子先生には、いつもご多忙にもかかわらず、メールでのアドバイスなど、大変お世話になっております。この場を借りてお礼申し上げます。本日も休診日にもかかわらず、午後5時まで連れ歩きをしていただきました。ありがとうございました。

午後7時、岡山市内に戻り、岡山を代表する企業の若手経営者の方3名と懇親会。皆、間違いなく岡山の将来を背負って立つ3人です。30代前半という共通点を持ち、同世代ならではの他愛のない話をしつつも、皆さんどこか話の端々に眼光鋭いものを感じました。我々30代が、政治・経済の世界で台頭してきたとき、岡山も大きく変わっていくことと思います。これからの10年、20年が本当に楽しみです。彼らと一緒になって、岡山を日本一の街にしたいと思います。

 

2005年6月28日(火) 『3区街宣 シュウマイ 森本てつま県議』

午前5時30分起床。

午前6時30分、江田事務所にて県連1号車に乗り換え、瀬戸内市(旧長船町)の吉井川大橋へ。この場所は、衆議院2区ですが、ほとんどの車は衆議院3区(備前市・和気町等)から岡山市へ通勤する車です。そこで、今日は衆議院3区の中村てつおさんと、江田事務所3区担当秘書の清水俊平さんとジョイント街宣をいたしました。この付近での朝街宣は珍しいようで、終了後、さっそく数人から「演説見たよ!」というメールを頂きました。こういう反応があると嬉しくなります。

午前9時、朝街宣を終了し、江田事務所へ戻る途中、県連1号車のマイクを落としてしまい、後続のトラックにマイクを踏まれてしまいました。1万3000円弁償しなければなりません(涙)。

お昼、友人の家に招待してもらい、横浜のシュウマイを頂きました。家庭料理に飢えているので、感謝感激です。

午後3時、森本てつま県議からお叱りの電話が。「今のペースでは参議院第2総支部の決起大会(8月7日を予定しています)は間に合わない。」とのお叱り。そこで、急遽、夕方森本てつま県議と打合せをすることに。急いで事務所へ帰り、その準備。第2総支部決起大会の前には、大会準備委員会を開かなければならず、そのための資料作りです。

午後6時、森本てつま県議と打合せ。2時間では終わりのせんでした。打合せ終了後は、森本さんの昔話を伺いました。森本さんが、初代連合会長であった時代からの壮絶な「たたかい」の歴史を新たに垣間見ることができました。我々若い候補者は、「若さ」を武器に突き進んでゆくにしても、こうした過去の重い歴史を十分踏まえた上で、経験者からのアドバイスをよく聞きながら、たたかってゆかなければなりません。本日森本さんのお話を伺った率直な感想は、
「やはり自民党はすごい。自民党を政権から引きずりおろすことは、想像を絶する苦難の道である。我々は少し甘く見ているかもしれない。」

 

2005年6月27日(月) 『おはよう730 野田交差点夕立ち リア・ヴァレンテさん』

午前6時起床。

午前7時、民主党岡山県連にて県連1号車に乗り換え。7時30分から、毎週恒例の「おはよう730」。本日は高島屋前で、菅源太郎さんと二人だけの朝立ち。昨日の倉敷街宣に比べると反応がいまひとつの気がします。月曜朝の通勤時間帯は皆さんのテンションも下がっているからでしょうか。

午後はデスクワークと買い物。
新しい事務所の備品(棚、バインダー等)を購入。またスタッフの妹尾さん用に古いパソコンを引っ張り出し、インターネット環境を整備しました。

夕方から1時間、旧2号線の野田交差点で夕立ち。この猛暑で車の窓を閉め切っている方にどこまで私の言葉が伝わるかわかりませんが、「政権交代でこの国を変えたい」その一心で頑張っている姿は伝わるものと信じて続けたいと思います。

夜は、県庁時代からお世話になっているテレビ局・ラジオ局関係者の方々と、ブラジル生まれの歌手リア・ヴァレンテさんと会食。リアさんは、話をしてみると、そのハートフルな歌声からは想像できないほどウィットに富んだおもしろい方でした。先日、ニューヨークでもライブ演奏されたそうですが、現在は岡山市在住です。皆さん、ぜひ応援してあげて下さい。ライブイベントもあり、CDも発売しています。
 

2005年6月26日(日) 『解放同盟 柚木さんとのジョイント街宣』

午前6時30分起床。午前9時から総社市(旧山手村)で行われる「部落解放同盟岡山県連合会定期大会」に参加。江田五月民主党岡山県連代表の代理ということで挨拶をさせていただきました。県庁勤務時代に、インターネットの掲示板「2ちゃんねる」に部落差別を助長する許しがたい書き込みがあり、部落解放同盟の方々と一緒に、書き込みを削除するための法律(プロバイダー責任法)の制定を総務省に要請したことがありました。その時のエピソードを紹介し、行政から政治へ立場は変わりましたが、これからもあらゆる差別を根絶するための努力を誓いました。

午前11時30分、東京から出張で倉敷に来ている友人と会食。帰りは最終の飛行機とのことで、午後の予定も特に無いとのこと。快く倉敷での街宣活動を手伝ってくれることになりました。

午後1時から6時まで、衆議院4区予定候補者の柚木みちよしさんと一緒に、倉敷市中心部と柚木さんの地元玉島を中心に街頭演説。スポット演説を7〜8箇所、柚木さんと二人で行い、東京からの応援組も含めて他の方々はチラシ配りです。5時間ほとんど休み無く動き続けました。圧巻だったのは、柚木さんのカラス。(車を走らせながらマイクで演説すること。女性がやる場合は、ウグイス。)DJ(ディスクジョッキー)のような軽快なトークで、道行く人に語りかけます。車窓から見えるあらゆる景色や動きに反応して話す語り口は、真似したくても真似できない、柚木さん ならではの高度テクニックです。
また、倉敷の人の反応がとてもいいことにも驚かされました。歩いている人や車の中の人が手を振ってくれる率がとても高いのです。柚木さんの街宣はとてもいい勉強になりました。これからもぜひ一緒にやらせてほしいと思います。

街宣終了後、友人を岡山空港まで見送り。昼・夜のご飯をおごっただけで(昼はえびめし、夜はうどん。)、5時間もチラシ配りをしてくれたKさん、本当にありがとうございました。
 

2005年6月25日(土) 『海の掃除 3区常幹 候補者飲み会』

朝7時起床。9時30分、渋川海水浴場(玉野市)のゴミ拾いに参加。渋川海水浴場は日本の渚100選にも選ばれた県内屈指の海水浴場で、今日が海開きです。姫井ゆみ子県議が参加しているボランティアグループに混ざって、ゴミ拾いさせていただきました。姫井県議は、ダイビングスーツを着て海底の清掃。かっこよかった・・・。私は砂浜での清掃でしたが、終わってからは初泳ぎしました。(初泳ぎは、正月でした・・・日記参照)。今日は気温が35度まで上がり、最高の海開きになりました。

終了後、参加した津村事務所の田中さん・田口さんと、江田事務所の藤原さんと玉野のうどん屋さんへ。玉野市担当の田中さんイチオシのお店だけあって、安くておいしいうどんでした。

急いで家に帰り、着替え。江田事務所に少しだけ立ち寄り、久米南町へ。午後3時から、衆議院3区総支部常任幹事会へ参加。日ごろお世話になっている皆さんに参議院選挙公認内定のお礼を述べました。今後、オブザーバーとして3区常任幹事会へ参加することも認めていただきました。私の選挙は衆議院各総支部の上に乗っかるしかなく、これからもできる限り参加させていただきたいと思います。

午後8時からは、衆議院1〜5区の予定候補者5名と、「おかやまマニフェスト2005」執筆チームの時尾倉敷市議、津村事務所の増田秘書の2名と私の計8名で一杯飲みながらの打合せ。「おかやまマニフェスト2005」執筆にあたっての各人の意識合わせを行いました。
また、後半は、これからの私の選挙の闘い方について、皆さんから意見を頂きました。衆議院選挙が先であり、また、衆議院選挙での勝利が最優先であるため、私の参議院選挙は黒子にならなければなりません。しかし、相手は強敵。黒子のままではとても勝負になりません。その辺のバランスを皆さんと率直に話し合いました。皆さん、とても私の選挙に気を遣っていただいているのを感じました。これからの私は自らの勝利を目指すのはもちろんのこと、衆議院1〜5区での勝利をまずは全力で勝ち取ることを第一に考えていきます。

 

2005年6月24日(金) 『朝立ち 昼立ち 夕立ち』

午前6時起床。7時30分よりJR妹尾駅で朝立ち。岡山駅、倉敷駅、庭瀬駅に比べると少し人通りが少ない。

午前9時45分、岡山県議会の民主県民クラブ控え室へ。本日が県議会最終日で、民主県民クラブの7名の皆さんが集まるということで、衆議院候補者の事務所の秘書さんたちとともに、民主党を応援してくださる県議会議員さんへご挨拶。

午前11時から12時まで1時間、国道2号線バイパスの古新田交差点で昼立ち。片側3車線の大幹線道路だけに、昼間でも車の量はすごい。信号待ちのわずかな時間が勝負であり、1分間で伝わるメッセージを残します。

午後はデスクワーク。

午後4時からは、新京橋西交差点で夕立ち。ここも四方から車が進入する交差点で交通量は多い。しかし、30分ほど経過したところで、近隣住民から苦情が入り、やむなく中止。これからは、できる限り知名度を上げるために、人通りの多いところでの辻立ちを行います。どのスポットが効果的か、しばらくは試行錯誤の毎日です。

夜もデスクワーク。ポスター、チラシ作りも大詰め。間もなく、皆さんにお見せすることができると思います。

 

2005年6月23日(木) 『教育改革』

最近、「キレる10代」の事件が多発している。

山口県の光高校生徒(18)による教室爆破事件。東京都板橋区で両親を殺害し、草津温泉で捕まった高校1年生(15)の事件。福岡市で兄を刺した中学3年生(15)の事件。いずれも常識的には考えられない「キレた」行動である。

今、日本が直面する多くの課題があるが、子どもが(若い大人も含めて)どんどんおかしくなっていることが最大の問題だと感じる。以前、霞ヶ関のいろいろな省庁の同期たちと一杯飲みながら、「もし、フリーエージェント制で省庁を自由に変わることができるとしたら、どこへ行きたい?」という質問に対し、ほとんどの同期たちが「文部省」と答えたことがあった。驚きとともに大いに共感した記憶がある。まさに、今の日本の政治や行政に携わる人にとって、一番やらなければいけないことは「教育改革」だと思う。

しかし、「教育改革」とは具体的に何をすればよいのか。今回の事件でも、ゲームや暴力的な映像等との関係が取り沙汰されているが、単純な取り締まり的手法でお茶を濁すことはしたくはない。そのような手法では解決できないほど、根の深い問題だと思うからである。

私が子供の頃の「教育」はまだ良かった気がする。先生にお尻を引っ叩かれても、抗議するPTAなど居なかった。叩いてくれる先生の愛情も感じた。電車で騒いでいた我々兄弟を叱り飛ばす大人もいたし、それに抗議する親もいなかった。今は社会全体が「教育」というものを軽んじている気がする。誰も本気で「教育」しようと思っていない気がする。「教育」に政治や行政が関与することは難しいのだが(むしろ、下手に関与しない方がいいと思う)、しかし、山積する課題の中でもっとも重要な課題であることは、政治家も行政マンも認識しなければならないと思う。

すぐに効く特効薬は見つからないが、やはり、「教育」においても、徹底した分権を進めることが一つの解決策になるのではないだろうか。文部科学省は言うに及ばず、県・市町村の教育委員会の指導も必要最小限にすべきである。学校現場を尊重し、「威厳ある先生」「尊敬される先生」を数多く輩出することが「教育改革」の早道である気がする。

一番やらなければならないこと、とわかっていても、その解決手法が見つからない。「教育改革」はそんなジレンマを抱えた課題である。これから、皆さんとともに、そのあり方についてじっくり考えてゆきたいと思います。

 

2005年6月22日(水) 『東京都議会議員選挙』

今、首都東京では都議会議員選挙の真っ盛りである。

といっても、私の経験からして、政治の世界では盛り上がっているが、ほとんどの人はおそらく都議会議員選挙があることすら知らないのではないだろうか。それほど、都会では政治離れが著しい。

先日、総務省(旧郵政省)の4つ先輩の奥野さんが、民主党から千葉市長選挙に挑戦したが惜しくも敗れた。これとて、もう少し投票率が上がっていたら・・・という思いがしてならない。(投票率37%。前回より3%ダウン。)

でも、私は「投票率が上がっていたら・・・」という言い訳は大嫌いである。投票率が上がらない最大の責任は民主党にあると思っている。おそらく、世間の8割以上の人が、「今の政治には不満。今の自民党ではダメ。」と思っているはずなのに、それでも政権交代が起きないのは、「でも、民主党も頼りない。任せられない。」「選ぶところがないから、選挙なんかいかない。」そういうことだと思う。

「投票に行こう」ではなく、「民主党に任せてほしい」だと思う。政治家が「投票は国民の義務だ」なんて言ったって、みんな白けるだけである。(政治家以外の人が言うのはいいけれども・・・)

それよりも、自らの未熟さを素直に認めた上で、
「でも、本当にこのままでいいのですか?民主党が頼りないからといって、自民党のままでいいのですか?」
「確かに民主党は未熟です。成長途上です。でも成長するまで待っていては、この国は取り返しのつかないことになってしまいます。」
ということを真摯に訴え続けるしかないと思う。

「そりゃそうだな」と思う人が一人でも増えれば、それが結果として投票率の向上につながる。投票率が上がれば、間違いなく民主党は勝つ。政権交代は実現する。そしてこの国は大きく舵を切ることになる。変化を恐れて、現状維持を続けていては、「座して死を待つ」だけである。国家存亡の危機はもう目の前まで来ていると、私は断言できる。

この「たたかい日記」を読んでくれている皆さんは、東京都民も多いはず(半分くらいが都民かも・・・)。民主党は、今回全ての選挙区に候補者を立てています。今回の都議選の結果が次の国政選挙を大きく左右します。是非とも、都民の力で動かして下さい。「動けば変わる。すべてはやるか、やらないか。」です。

 

2005年6月21日(火) 『3区街宣 事務局会議 ポスター 歓迎会』

朝6時起床。7時30分より、中原橋交差点で、衆議院3区候補者の中村てつおさんと、江田事務所の清水俊平さん(3区担当秘書 赤磐市在住)と3人で朝街宣。中原橋交差点は、赤磐市(3区)から岡山市内に通勤する車で渋滞する場所で、4方向から車が行き交う絶好の演説スポットです。1時間強、3人が交互にマイクを握りました。これからは毎週火曜日を「3区の日」としたいと思います。衆議院候補者の皆さんとのジョイント街宣も軌道に乗り始めました。走る車に向かって行う街頭演説は派手にやらないと認識すらしてもらえません。大勢でやることは効果が高いと思います。

午前10時からは江田事務所の事務局会議。私と妹尾さんも一緒に参加させてもらいました。江田五月さんと私の選挙は時期が異なるだけで、あとは全く同じ選挙です。そして、私は全くの無名の新人、相手は有名人で大物政治家。これからも江田事務所の協力なしでは勝負になりません。2時間にわたる白熱した議論の大半は、2月から進めている「地域活動家プロジェクト」について行われました。このプロジェクトが成功した時、はじめて私の選挙の勝利も見えてきます。

午後からはポスターの写真を受け取り、その足で、ポスターを製作していただく方との打合せ。どの写真を使うか(笑顔、厳しい顔、真面目な顔・・・)、名前の標記やキャッチコピー等々は、これから企画会議の中の「情宣物作成プロジェクトチーム」の中で決定されてゆくため、いろいろなパターンの案を作らなければなりません。

夜は江田事務所に新しく入ったスタッフの武吉さんの歓迎会。ちょうど高井事務所の妹尾さんも昨日から入ったため、合同で歓迎会を開いてもらいました。事務所のメンバーのほか、江田京子さんや森本てつまさんにも参加していただきました。2次会には津村啓介さんも駆けつけていただき、大いに盛り上がりました。江田事務所の結束が固まり、また明日からの飛躍を誓う夜となりました。

 

2005年6月20日(月) 『おはよう730 姉尾さん 異業種交流会』

6時30分起床。本日は毎週月曜日恒例の「おはよう730」。チラシやポスター用に江田五月さんと一緒の演説の写真を撮ってもらいました。「おはよう730」もこれで4回目。演説もだいぶ慣れてきたように思います。

今日からたかい事務所を手伝ってくれる妹尾さんが来てくれました。県庁時代にお世話になった方のお嬢さんです。当面、内勤(名簿入力、経理、チラシ作成、メールマガジン発行など)をしてもらう予定ですが、チラシ配りやポスター貼りにも意欲を見せてくれています。早速、事務所運営のイロハを教えていただくために、津村啓介事務所の根木秘書を訪ね、いろいろと教えていただきました。津村啓介さんの「内助の功」をされている根木美弥さんには、これからもご指導いただきたいと思います。

夜は、県庁時代から顔を出している異業種交流会へ久々に参加。3年前、できたばかりの頃に参加したときは、20名程の会でしたが、今日は50名近い方々が集まり大盛況でした。若手起業家が多く、皆さん政治家顔負けで(政治家以上に)名刺交換を積極的にされています。やはり熾烈な競争の中で、生きるか死ぬかの勝負を挑まれているベンチャーの皆さんは必死です。そのアグレッシブさには頭が下がります。我々政治を志すものも負けてはいられません。残された日にちはわずかに750日あまり。「日々是たたかい」の気持ちで、一日一日を完全燃焼してゆきます。

 

2005年6月19日(日) 『倉敷朝市 はばたく会 フットサル』

6時起床。毎月第三日曜日に開かれる倉敷朝市にお邪魔しました。
7時30分から、朝市の入口前で、衆議院4区候補者の柚木みちよしさんと、県議補選で惜しくも敗れた片山みかさんのお二人と一緒に街頭演説。3人で1時間強お話をし、その後は、朝市を練り歩きました。今回で4回目の朝市ですが、初回は4万人の来場者があったとのこと。「ほんまかいな?」と半信半疑でしたが、行ってみると人、人、人。歩くのがやっとというほどの人で盛り上がっていました。これから倉敷の新しい名物として成長していくことを期待しています。岡山市の京橋朝市に続いて、こちらも毎月顔を出したいと思います。

午前11時からは、羽場頼三郎さん(岡山市議会副議長)の後援会「はばたく会」の総会に出席。江田五月さんの次に挨拶をさせてもらいました。参議院公認内定の御礼を申し上げるとともに、総務省を辞める前、初めて羽場さん宅にお邪魔し、初対面にも関わらず3時間もお話に付き合っていただいたことを紹介いたしました。総会後の懇親会ではカラオケ大会となり、私は森山直太郎の「さくら(独唱)」を唄いました。(ちょっと季節外れでした・・・)

午後2時過ぎに事務所へ戻ってからはデスクワーク。民主党本部に出す書類の作成など。

夕方から、久しぶりに「フットサル」に参加しました。「フットサル」とは少人数のサッカーで、キーパーを入れて5人でやります。室内でもでき、また女性混合でもできるため、最近人気が高まっています。県庁時代から参加している若手交流会で最近フットサルを始めたのですが、これまで予定が合わず、なかなか参加できないでいました。しかし、今日は場所も岡山ドームとのこと、万難を排して参加いたしました。久しぶりに1ゴール決めて(「ゴール」なんて、もう何年ぶりでしょうか)、久しぶりに思い切りいい汗を流しました。

 

2005年6月18日(土) 『髭剃り ワンコインミーティング ポスター撮影』

午前中は散髪と髭剃り。ここ数年、美容室で散髪しているため、髭はいつも自分で剃っていましたが、今日は夕方ポスター撮影を行うため、理容店(床屋さん)へ行き、髭だけ剃ってもらいました。(美容室では髭は剃ってくれません。美容学校では髭剃りを教えないので、できないそうです。:某美容室店員の談)
 

午後2時からは、衆議院5区の花咲ひろきさんが主催するワンコインミーティングに参加。休日の昼間にもかかわらず、20名以上の支持者の皆さんが集まりました。「さすが花咲さん!さすが5区!!」と感心しました。冒頭ご挨拶の機会を頂いたので、参議院公認内定の御礼とこれからのご支援をお願いいたしました。今日の講師は名木田総社市議です。総社市は、合併により市議会議員が増えたことに対する市民の不満が高まり、市議会議員のリコールが成立するかもしれません。その辺の話も交えた講話でした。大変勉強になりました。

午後4 時から、ポスターの写真撮影です。昔から懇意にしている方に撮影をお願いしたので、スーツ2着・ワイシャツ3着・ネクタイ3本を組み合わせたいろいろなバージョンを撮影していただきました。写真で笑顔を出すのが苦手なため、江田事務所の小林さん、清水さんに同席していただき、自然な笑顔が出るように話しかけてもらいました。民主党岡山の中で、「並ぶ者なし」と言われるお笑いコンビの二人の絶妙なトーク(漫談)のおかげで、いい笑顔が撮れたと思います。写真の出来上がりは、来週火曜日。ハラハラドキドキの3日間になりそうです。

夜は、写真撮影を心よく引き受けて下さった方と懇親会。県庁時代からの共通の友人も合流し、久しぶりに旧交を温めました。岡山へ戻って半年、すっかりご無沙汰している方が沢山います。これからは、少しずつ昔の仲間との旧交を温める機会を増やしていきたいと思います。

 

2005年6月17日(金) 『たかい事務所開設準備』

朝7時30分、菅源太郎さんと一緒にJR庭瀬駅前で街頭演説。15分を2回づつ、計1時間強。庭瀬駅でのご挨拶は初めてで、力が入りました。

事務所へ戻り、今日は引越し作業です。江田事務所内に新たに「たかい事務所」を構えることになりましたので、事務所内の机の移動です。来週からスタッフを1名雇用し、私とスタッフの2名が江田事務所に同居します。狭くなる江田事務所の皆さんにはご迷惑おかけします。

夜は県庁の昔の仲間の飲み会に誘ってもらいました。4年前に県庁に赴任した時からの仲間で、よく飲みに行った仲間達です。しばし時を忘れ、昔話に花が咲きました。皆さん立場があって表立っては応援してもらうことは難しいのですが、陰ながら応援してくれるとのこと。学生時代の同窓生がいない私にとっては、県庁の仲間たちは数少ない同窓生です。これからもよろしくお願いします。

 

2005年6月16日(木) 『企画・戦略会議』

本日は朝6時に起きて、倉敷へ。
朝7時30分から、倉敷駅前で柚木みちよしさんと朝の街頭演説です。毎週月曜日に倉敷駅前でも「おはよう730」倉敷版をやっていますが、柚木さん、片山美可さん(県議候補)、時尾博幸さん(倉敷市議)の3人が弁士に立つため、私は曜日を変えて実施することに。柚木さんの演説は、菅源太郎さんや草苅隆幸さんとまた違って、柔らかい口調で世間話をするような演説です。役人癖が抜けないのか、固い口調になりがちな私にとっては大変勉強になります。いろいろな方の演説を聞き、また自分で話してみることで、試行錯誤しながら演説の腕を磨いていきたいと思います。

お昼はポスター作成の打合せ。写真撮影は、県庁時代から懇意にしている方にお願いいたしました。コンテストで賞を取られたこともある方なので、いい写真が撮れると思います。ご期待下さい。

午後はデスクワーク。本日開催の参議院第2総支部立ち上げ準備会(企画・戦略会議)に提出する資料の準備です。

午後6時から、「企画・戦略会議」が行われました。メンバーはこれまで各種選挙を闘ってきた歴戦のつわもの達。話は多岐にわたりましたが、結論は「衆議院の上に乗るしかない」ということです。衆議院1〜5各総支部の皆さんにはお世話になります。

 

2005年6月15日(水) 『カレー すき焼き ダイエット』

本日昼、牛窓の江田五月議員を応援してくださる方のお宅にお邪魔し、カレーライスをご馳走になりました。瀬戸内市議選をお手伝いする中で知り合った方で、3日間煮込んだ特製カツカレーを頂きました。貝柱と海老の煮汁を出汁にとった濃厚なカレーは絶品でした。大盛りを2杯いただき、すっかり満腹になりました。

晩御飯も江田五月議員の支持者の方から、すき焼きをご馳走になりました。貧乏候補者には誠にもってありがたいことです。昼夜とも食べ過ぎた結果、家に帰ると2kgも太りました。私のベスト体重は67kg(ちなみ身長は175cm)なのですが、今は76kgまで太りました。(最高体重は83kgです。)そろそろダイエットが必要なようです。

 

2005年6月14日(火) 『スタッフ面接 亀井章市議 やよい会』

朝7時30分から、大野辻交差点で朝立ち。渋滞する車を前に一人で街宣するのは初めてです。大野辻交差点は倉敷市から岡山市へ通う車が多く通ります。全県が選挙区の私はなるべくいろいろな地域から集まる場所で街頭演説をしていきたいと思います。

午前10時から、これから一緒に活動するスタッフの面接です。名簿や会計管理、チラシ作成などを担当してもらう内勤のスタッフを新しく雇用します。県庁勤務時代の先輩のお嬢さんがちょうど仕事を探されているとのこと。まだ若く、社会経験も少ないお嬢さんですが、この仕事に対する前向きさが感じられました。

正午から、現職の岡山市議会議員で亡くなられた亀井章さんのご葬儀に参列いたしました。保守系市議でありながら、常に厳しい目で市政を監視してきた議員さんで、多くのファンを持つ議員さんでした。弔辞を読まれた中学校の同級生の竹内さん(元牛窓町議)のお話は感動的で皆涙しておりましたが、その中で生前の亀井さんの言葉が紹介されました。
「自分は仕事上、いろいろな人を批判もし、闘ってきたけれど、いつか仕事をやめたときには、仲良くしたいものだ」
この言葉にはとても共感します。私も毎日が「たたかい」の日々ですが、私も相手が憎くて闘っているのではありません。政権交代を実現し、この国を変えるためには、闘いたくない相手とも闘わなくてはならない、今まで仲良くしてきた大勢の人を敵に回さなければならない、そういう思いで毎日を過ごしているからです。

18時からは、江田五月後援会長の河原昭文弁護士が会長をつとめる東大OB会「やよい会」に参加。県庁時代から仲良くしてきた先輩の吉田さん(日本政策投資銀行岡山事務所長代理)が東京に転勤になりましたので、その送別会です。吉田さんは岡山で素敵な奥さんを見つけ、東京に戻られます。うらやましい限りです。今日も河原さんの行きつけのスナックで2次会。このお店はママさん一人でやっている小さなお店なのですが、河原さんはいつも大勢連れて行かれるので、満席になり、ママさんもてんてこ舞い。このお店では私はいつもカウンターに入り、一日ボーイです。学生時代こういうアルバイトに憧れていたので、今日も一日ボーイを楽しみながら、カラオケを入れたり、水割りを作ったりいたしました。

 

2005年6月13日(月) 『江田五月さんと一緒の初演説』

本日は、岡山駅西口で初めての「おはよう730」です。江田五月さんと一緒に街頭演説をするのも初めてで少し緊張しました。これで「おはよう730」も一巡しました。今週から、原則毎日、朝立ち・夕立ちをするつもりです。岡山駅、倉敷駅、庭瀬駅、妹尾駅、県庁前、市役所前、天満屋前等人通りの多いところや、主要道路沿いの渋滞する交差点(久米交差点、中原橋交差点、十日市交差点など)をローテーションで実施する予定です。見かけたら声をかけて下さい。


日中は今日もデスクワーク。参議院第2総支部立ち上げの準備です。

午後6時から3時間ほど、田原岡山市議、伊原事務長代行とともに、木曜日の企画戦略会議に諮る資料について打合せ。終了後、3人で一杯飲みながら、さらに午後11時過ぎまで打合せを続けました。皆さん、自分の選挙のように熱意を持って考えてくださる姿勢に、本当に深く感謝いたします。

 

2005年6月12日(日) 『民主党岡山県連副代表への就任』

午前9時30分、中小企業診断士協会の勉強会に講師として招かれました。演題は「わが国のIT戦略と岡山のIT戦略」です。総務省・岡山県庁時代の経験を活かし、これからも「IT」をライフワークにしてゆこうと思っており、願ったりかなったりです。20名強の中小企業診断士の皆さんに2時間ほどお話をさせていただきました。終了後は昼食もご一緒させていただき、その場では政治の話もさせていただきました。

午後からは日曜日ですがデスクワークです。木曜日に予定している「参議院第2総支部」立ち上げ準備会(企画・戦略会議)のための準備です。選挙本番になれば、候補者はこうした会議には出席しないのが通例ですが、今は自分の腹心のスタッフもいませんから、私一人でポスター、チラシ、名刺等から常任幹事会メンバーの選定まで案を作らなければなりません。

午後6時からは、毎月開催している民主党岡山県連常任幹事会です。党本部からの公認内定を受けて私も今日から正式にメンバーになりました。国政候補者は慣例により副代表となることになっており、皆さんのご承認を頂いて「民主党副代表」に就任いたしました。昨年8月に初めて江田五月さんのもとを訪れ、9月にずうずうしくも県連常任幹事会にオブザーバーに参加させてもらって以来10ヶ月、晴れて正式に県連常任幹事会のメンバーになったことには感慨もひとしおです。

 

2005年6月11日(土) 『ザ・めしや』

今朝は朝イチで玉野市の住吉良久県議の後援会旅行のお見送りです。朝7時半に玉野出発なので、遅れてはいけないと朝6時に起床。途中、津村啓介さんを拾って、玉野市の深山公園に。7時半ジャストに深山公園に着くと誰もいません。慌てて住吉県議に電話すると10分前に出発したとのこと。待っていてくれるというので、急いで後を追いかけました。2台のバスに乗車した住吉県議を応援する女性の会の皆さんに自己紹介させていただきました。住吉県議から、県庁時代からの付き合いである旨ご紹介いただいたので、皆さんも好意的に話を聞いてくれました。「見送り?」と思われるかもしれませんが、これだけの人数の方に直接ご挨拶できる機会はそうあるものではありません。こういうチャンスをきちんと活かしてゆきたいと思います。(例え2時間睡眠でも・・・)

午後は挨拶回りとデスクワーク。

今晩は特に予定はありません。晩御飯は、最近はまっている「ザ・めしや」へ。外食ばかりの毎日なので(岡山に来て5ヶ月、一度も料理を作ってません。本当はけっこう得意なのですが・・・。)、だんだん家庭料理に飢えてきました。「ザ・めしや」はいろいろな種類のお惣菜料理を自由に選べるので、気に入っています。定番でいつも食べるのが、サーモンの刺身・麻婆豆腐・揚げ出し豆腐・青菜と油揚げの炒めもの・温泉卵・ソーセージです。(食べすぎでしょうか・・・)

 

2005年6月10日(金) 『水島街宣』

本日は朝6時起床で倉敷市水島へ。衆議院4区予定候補の柚木みちよしさんから、「一緒に朝街宣しましょう」と誘っていただきました。昨夜、午前2時まで連合岡山の岩崎さんと懇親を深めていたので、眠い目をこすりながら、県連の街宣1号車(いつも「おはよう730」で使っている車)を運転して水島へ向かいました。

朝早いので交通渋滞は無いと思いきや、水島の朝は早い。また、車がこんなにもたくさん走っていることをはじめて知りました。三菱自動車とJFEへ出勤する方が多く通る開進橋付近で1時間強、柚木みちよしさんと交互にマイクを握りました。倉敷での街宣活動ははじめて。倉敷で最初の街宣を、岡山の、いや日本の経済を支えてきた水島工業地帯の皆様に聞いていただきたいとの思いをお話しました。日本がここまで成長してきたのは、間違いなく製造業を中心とした「ものづくり」の力のおかげです。私の大学の恩師である植草益教授(捕まった植草教授ではありません)の口癖でしたが、「最近の東大生は銀行や商社などのサービス業に就職したがるが、日本の繁栄を支えてきたのは製造業。もっとメーカーを志望しなさい。」と言われていたのを思い出しました。こうした産業構造の大きな転換をリードしてゆくことも政治家の大きな仕事の一つであると思います。

街宣の後は柚木さん、服部さんと朝食。食事中何度も柚木さんは声をかけられ、柚木さんの知名度の高さをあらためて感じました。

帰り道、せっかく街宣車に乗ってきたので、眠気覚ましも兼ねて、流し街宣(カラス)をしながら岡山市内まで帰りました。少しでも、「たかいたかし」の名前を覚えてもらうための工夫をしていかなければなりません。私が闘うことになるであろう自民党の片山虎之助さんも、最近、頻繁に週末に帰り、ミニ集会を開催しておられるとの噂を耳にします。私の出馬表明が火をつけたのであれば大変光栄なことですが、相手はマスコミに出ない日はないほどの「時の人」。知名度ゼロの私が立ち向かうには、正攻法では到底歯が立ちません。これまでの常識にとらわれない活動を試行錯誤しながら編み出してゆきたいと思います。

午後1時30分からは、社会保険労務士の定期総会に江田五月議員の代理として出席いたしました。出席だけかと安心していたら、挨拶をさせていただきました。突然のことで慌てましたが、江田五月さんから預かっているメッセージを代読し、私からは一言だけご挨拶いたしました。

午後3時からは江田事務所でデスクワーク。溜まっている「たたかい日記」の執筆や、ポスター・チラシの企画案づくり。

夜は、県庁時代からお付き合いのあったテレビ局関係の方と懇談。最近の地上放送デジタル化の状況などについて教えていただきました。いろいろな話題にアンテナを高くしておきたいと思います。

その後事務所へ戻り、仕事をしていると5区担当秘書の山田徳裕さんから電話がありました。5区在住の支持者の方と岡山市内で飲んでいるとのこと。お店も以前から民主党を応援して下さっているお店とのことで、23時を過ぎていましたがお邪魔しました。30分ほどして姫井ゆみ子県議も合流し、楽しいひと時を過ごしました。姫井さんは別のお店に行く途中に電話で呼ばれたとのこと。フットワークの軽さと支持者の方を大切にする姿勢には脱帽です。私も見習いたいと思います。

 

2005年6月9日(木) 『民主党岡山県参議院選挙区第2総支部』

2年後の参議院選挙を闘うために、民主党の支部を立ち上げなければなりません。名称は「岡山県参議院選挙区第2総支部」。ちなみに第1総支部の代表は江田五月さんです。衆議院選挙の候補者は皆、衆議院1〜5区の総支部の代表を務めています。

参議院第2総支部の立ち上げに当たっては、多くの皆さんのご協力が不可欠です。選挙は自分ひとりで闘うのではありません。支持者の方々が一丸となって闘うのです。ですから、総支部幹事会メンバーの人選や、高井の選挙をどう組み立てるのか、ポスターやパンフレット等のイメージ戦略はどうするかなど、全て支持者の皆さんに相談しながら決めていかなければなりません。そのためには、まず総支部の立ち上げのための準備会(企画会議)を開きますが、そのさらに準備段階として、森本てつま県議、田原清正岡山市議、伊原万亀夫江田事務所事務長代行の3名に、オブザーバーで連合の岩崎副事務局長をお迎えし、企画戦略会議を開きました。

第2総支部の立ち上げまでには、幹事会メンバーを決めるのはもちろんのこと、ポスターやパンフレット類も全て準備しなければなりません。まだスタッフのいない私は、これらの原案作りを全て自分でやらなければなりません。ポスターやパンフレットは今後の選挙を闘う上で極めて重要です。今は外に出るのを我慢して、じっくりといいものを作り上げたいと思います。真っ先にご挨拶に伺わなければならない皆様には誠に申し訳ありません。この場をお借りしてお詫びいたします。戦闘準備が整いましたら、県下全域を走り回ります。

 

2005年6月8日(水) 『地方選挙総括会議』

本日、草苅幹事長森本幹事長代行中村副代表羽場幹事(岡山市副議長)、小笠原幹事、塩見幹事、横山幹事、大塚県連事務局員とともに合併に伴う地方選挙の総括会議を開きました。私も、江田事務所として4、5月の地方選挙に関わってまいりましたので、参加させてもらいました。

民主党は、岡田代表の方針により、地方議員を増やすことを目指しており、原則として全ての選挙区に候補者を立てる方針をとっています。しかし、岡山県では現実には厳しく、県議会では2人区でも候補者を擁立できていない地域があるのが現状です。また、先般の市議会議員選挙でも、民主党候補の多くが惜敗してゆきました。地方選挙と国政選挙は、ある場面では相反する面もあり、自民党のように全ての候補者を同様に応援する(逆に言えば誰も応援しない)戦略も考えられ、それが政権与党としての地方選挙の関わり方だという意見もあります。

この問題は複雑でありますが、息の長い「政権与党」を目指す以上は、地方議員を増やすことは重要な課題であり、その課題解決に向けて努力してゆかなければなりません。

民主党では「高い志」のある方を待っています。これからの2年間は、県議選、市長選、市議選が目白押しですが、正直言って民主党の候補者が十分揃っているといえる状況ではありません。我こそはと思われる方は、民主党の扉を叩いてほしいと思います。

 

2005年6月7日(火) 『三位一体改革』

本日は、午前10時から久々に江田事務所の事務局会議に出席。
合併に伴う一連の地方選挙の応援で止まっていた「地域活動家組織化プロジェクト」の今後の進め方について協議。今後も引き続き、私が中心となり江田事務所の皆さんと一緒に進めていくことを確認しました。私自身の選挙にとっても無くてはならないプロジェクトです。なんとしても成功させます。

事務局会議終了後、引き続き、今月から新たに始める秘書勉強会。秘書も民主党の政策等について自主的に勉強していこうという会です。第1回目の今回は、私が講師となり「三位一体改革」についてお話しました。

小泉首相の肝煎りの、そして片山虎之助前総務大臣が自画自賛する三位一体改革も、「3兆円の補助金削減と税源の移譲」という公約は守られず、「2兆8000億円の補助金削減と2兆4000億円の税源の移譲」にとどまっています。さらに、そのうちの義務教育費8500億円の削減は、16年度分は中教審の答申を得て結論を出すこととなっており、今の議論の流れだと、2兆8000億円はさらに減る可能性が高い状況です。また、地方が望む「公共事業費」の削減は盛り込まず、地方の自由度拡大につながらない「生活保護費」「児童扶養手当」等の削減が計画されています。

このような、真の「地域主権」の実現には程遠い、名ばかりの「三位一体改革」に比べ、民主党は「18兆円の補助金削減」を打ち出しています。これはマニフェストの一丁目一番地であり、民主党が政権を取ったら必ず実行します。官僚の抵抗など許しません。本来、官僚は大臣に逆らうことなどできません。今の小泉改革に対する官僚の抵抗は、すべて大臣と自民党族議員を巻き込んでいるから可能なのです。政権が本気になったら、全大臣がその気になったら「18兆円の補助金削減」などたやすいことです。皆さん、官僚を買いかぶり過ぎです。官僚が総理大臣に抵抗する力などあるはずがありません。自民党(族議員)と結託しているから力があるように見えるだけです。官僚は総理大臣の部下に過ぎません。部下に抵抗されて、「いやー官僚の抵抗がすごくて」などと言っている総理大臣は明らかに失格です。

3兆円対18兆円。民主党は自民党に比べて「6倍の地方分権」を進めると宣言しています。たった6分の1の改革すら、官僚(と官僚に抱きこまれた大臣・族議員)の抵抗にあい小泉内閣はできないのです。いつまでこのような体たらくの政権を残しておくのでしょうか。そろそろ国民の皆さんも気づいてほしいと思います。

 

2005年6月6日(月) 『後援会の立ち上げ』

本日、正式に「高井崇志後援会」を立ち上げました。(政治家の後援会の立ち上げには、政治団体設立届を選挙管理委員会に提出する必要があります。)

といっても、メンバーはまだ誰もいません。代表は私自身です。これからメンバーや後援会長を募らなければなりません。名前ももっといいネーミングにしたかったのですが、とりあえずこれで登録しました。名称の変更はいつでも可能なので、いずれ後援会に入ってくださる方々と相談して、あらためて決めたいと思います。

政治団体が設立されると、政治資金規正法に則った政治献金を受けることができます。民主党は、私のように、地盤・看板・カバンを持たない普通のサラリーマンでも候補者になれるように、政党から活動費として毎月50万円支給されます。しかし、実際に選挙を闘う上で、このお金では到底足りません。「どうしてそんなにお金がかかるの?」と疑問に思われる方も多いと思います。私もこの世界に入るまでは、選挙は足で稼ぐもの、訪問活動や街宣活動にはお金は要らない、お金を配ったり、地域のボスにお金を渡し票の取りまとめを依頼するような選挙はしないのだから、無一文でも大丈夫さ、と思ってました。

しかし、現実は違いました。知名度を上げるためにはポスターを貼らなければなりません。数万枚のポスターを貼るための印刷費や写真・デザイン料(写真やデザインは使用目的により値段が大きく異なり、数万枚貼る政治家のポスターの使用料は当然高額になります)。チラシや名刺も数万から数十万枚です。事務所を開設すれば、家賃・電話代・光熱費・駐車場代・看板代・コピー代・・・いろいろかかります。スタッフも雇わなければなりません。相手候補は5人も10人も秘書がいます。たった一人で立ち向かうわけにはいきません。選挙区を駆け回ればガソリン代も高速代もかかります。全県が選挙区ですから、全世帯に郵便物を出したら、なんと1回で5600万円(80円×70万世帯)かかります。(もちろん、こんなことはお金がないからしません。)

しかし、だからといって、自民党のように、政治に必要なお金を安易に企業献金に頼ることは危険です。企業は利益を追及する組織であり、献金をすれば当然その見返りとしての利益誘導が期待されるからです。全ての企業献金を否定するつもりはありませんが、企業献金が現在の自民党の利権政治を横行させてきたことは紛れもない事実です。見返りとしての利益誘導は、国民の税金のばらまきに他なりません。このばらまきの結果が、770兆円というとんでもない国家財政破綻を招いたのです。

民主主義の先輩である米国や英国では、個人献金が主です。米国では、ブッシュ大統領が200億円もの個人献金を集めたと言われています(個人献金の上限額は一人2000ドル・20万円です)。政治家のビジョンや政策に賛同する個人が、わずかな額でも献金する個人献金のスタイル(「広く浅く」のスタイル)を私は貫きたいと思います。個人献金は、民主主義の基本原理である「一人一票の原則」に合致するものです。一人一人が政治に参加する意識を持っていただける、そして、政治家も一人一人の声を政治に反映させるべく努力する、このことが個人献金のメリットだと思います。日本には個人献金という風土は根付いていません。見返りがなければお金は出さないという国民性があるのは、残念ながら事実だと思います。しかし、国民性を変えてゆこうと努力することも政治家の大事な仕事です。「たたかい日記」を読んでいただいている皆さんに、少しでもご賛同いただけたら、望外の幸せであり、喜びであります。

 

2005年6月5日(日) 『JPUとの一日』

本日は、毎月恒例の京橋朝市の日です。朝6時半に旭川河川敷の京橋に到着し、「参議院選挙公認内定!」の新しいPRチラシを持って、一店一店ご挨拶して回りました。
 

午前8時に京橋朝市を後にし、倉敷市水島へ。午前9時から「下草刈り」(JPU倉敷支部主催)に参加しました。「下草刈り」とは、植林した山の雑草を刈ることにより、よりよい植林を進める作業です。日本郵政公社労働組合(JPU)倉敷支部では、毎年続けているそうで、本日も150名の組合員の皆さんが、休日の午前中にもかかわらず駆けつけ、草むしりに汗をかきました。開会にあたり、4区衆議院予定候補者の柚木みちよしさんとともに皆様の前でご挨拶させていただきました。また作業終了後は皆さんと一緒にバーベキューを食べたり、有意義な時間を過ごしました。

お昼前に岡山市内に戻り、友人と昼食。今日が誕生日とのことで、ささやかですがお祝いをいたしました。おなじみのたこ焼き家「KUYA」での飲み仲間の長島さんがシェフを務めるイタリアンレストラン「レオーニ」にはじめて行ってみました。うわさに違わぬおいしさに舌鼓を打ちました。皆さん、本当にお薦めです。ぜひ一度お試し下さい。

午後4時からは、JPUの支部長・書記長が集まる会合に呼んでいただき、冒頭挨拶をさせてもらいました。参議院公認内定の報告と支援のお願いをいたしました。

さらに、午後6時からの懇親会にも参加させてもらいました。かつてJPU岡山のトップであったOBの方も来ており、有意義な時間となりました。まるで出身議員のような破格の厚遇に、JPUの皆様には本当に感謝申し上げます。

 

2005年6月4日(土) 『連合岡山との定期協議』

本日は、連合岡山と民主党岡山県連との定期協議にオブザーバーとして出席いたしました。

民主党からは、江田代表、一井副代表、草苅幹事長森本幹事長代行姫井副幹事長と私含め6名の国政選挙候補者が出席。私はまだ民主党岡山県連の役職に就いておりませんが、特別に参加させてもらいました。次期参議院選挙の公認内定の報告とこれからの支援をお願いいたしました。

会合では、「民主党と連合は真の信頼関係が築けていないのではないか」という問題提起が連合のある役員さんよりあり、江田代表、森本幹事長代行からそれに対する回答がありました。オブザーバーの私に発言の機会はありませんでしたが、私が発言するとすれば、以下のような内容になると思います。

「お互いの信頼関係の構築は、どれだけ直接会って話をするかに尽きると思います。このような会合も必要ですが、時間の制約もあり、腹を割ってお話することは難しいと思います。やはり、日頃から各候補者が中心となって、何回でも足を運び、話をすることに尽きるのではないでしょうか。犬養木堂の『話せばわかる』の言葉通りです。連合と民主党の間には、コミュニケーションが十分でないが故の誤解が多々あると思います。連合と民主党は、目指す方向は同じです。コミュニケーションを今以上に図ることにより、より強い信頼関係は必ず築けるものと確信しています。」

会議の終了 後はそのまま懇親会へ。各テーブルを挨拶して回りましたが、普段なかなかお話できない役員の方と多くの時間を割いてお話させていただきました。さらに誘われるままに2次会、3次会へ。「飲みニケーション」の是非についてはいろいろ言われますが、私は公務員時代から大切にしてきました(もちろん公務員倫理法の範囲内です)。「飲みニケーション」で大事なのは、「アルコールで本音が出ること」ではありません。長時間腰を据えてじっくり話ができることです。勤務時間中の昼間に、2時間も3時間も話をすることはほとんど不可能です。しかし、夜であれば、3時間でも4時間でもエンドレスで話ができます。こうして徹底的に話をすることにより、お互いが分かり合え、信頼関係が築けるのだと思います。これからも夜の時間を大切にしていこうと思っています。

 

2005年6月3日(金) 『同級生の話から』

本日、高校同級生のNさんが、岡山へ来てくれました。晩御飯を食べながら、20年前の思い出を懐かしく語りあいました。高校時代二人は一緒に寮生活をしていたのですが、寮では1年生の間は100人部屋でした。2段ベットがずらっと並び、普段は自習室と呼ばれる30人程度が入る部屋で生活します。思春期の高校生にはまことに辛い環境ではありましたが、今となっては懐かしい思い出です。時が経つのも忘れ、思い出話に花が咲きました。

Nさんは、今は霞ヶ関の某省庁に勤務しています。話の中で、またしても新たに「霞ヶ関の驚くべき実態」を知りました。日記に書いてもいいよ、とのことなので紹介させてもらいます。

霞ヶ関の某省庁では、代々トップは財務省、総務省、プロパー(某省庁出身者)で順番に決まっており、プロパーがトップに立つのは7年に一度しかないそうです。そして、プロパーの人がトップに立つ順番にあたる年と予想される年には、その年だけ東大法学部の成績優秀者を探してきて採用するそうです。つまり、この東大君は入省した年からトップに立つことが約束されているということになります。「本当にそのままトップになるの?」と聞くと、ほとんど例外なくそうなっているそうです。

もう呆れ果ててしまいました。もちろんこの省庁はかなり特殊で、霞ヶ関全体がこのような非常識な人事をしているわけではありません。しかし、似たような非常識な構造はどの省庁にもあります。キャリア官僚とよばれる国家公務員T種試験を合格した人間は、どんなに仕事ができなくても(極端に言えば、毎日寝ていても)課長までは約束されています。逆に、キャリア以外の人(ノンキャリアと呼ばれています)は、どんなに優秀で仕事ができても、ほとんど課長になれません。例外的に、数年に一人は課長まで昇進することもありますが、それも処遇のためのポスト(いわゆる「上がりポスト」)です。それ以上昇進した例はありません。キャリア官僚はだいたい、入省4年目で係長、7年目で課長補佐、15年目で企画官、20年目で課長というようにほとんど同じペースで昇進してゆきます。(企画官、課長クラスになると多少昇進年数が前後しますが・・・)。これに対し、U種試験合格者は、入省10年目で係長、20年目で課長補佐といったように大きく昇進に違いがあります。さらにV種試験等で入った人は、20年かかっても係長、課長補佐まで上り詰める人はわずかです。このようないびつな昇進システムを持つ組織に活力など生まれるはずがありません。どんなに働いても、またどんなに怠けても昇進度合いが決まっているのです。また自動的に偉くなっていくキャリア官僚が本当に国民の目線に立った仕事ができるでしょうか。私はキャリア制度を即刻廃止することが霞ヶ関改革の第一歩であると思っています。私の言う「霞ヶ関をぶち壊し・・・」というのは、こういう各種の改革を指しています。

 

2005年6月2日(木) 『「ぶれない」政党をめざして』

本日から郵政民営化法案の審議再開となりました。民主党がとった「審議拒否」という戦術については、訪問先や掲示板等でいろいろとご意見を頂きました。ほとんどが否定的な意見でした。

しかし、国会審議とはどんなものか、霞ヶ関でその実態を目の当たりにしてきた私から見ると、今回の審議拒否はまともな戦術(決してほめられたものではありませんが、やむを得ない戦術)であると思います。審議に入ってしまえば、法案は数の力で確実に通ります。通らないとすれば、ボードを握るのは与党の郵政民営化反対派の票であり、残念ながら民主党ではありません。選挙に負け、政権を取っていないのだから仕方がありません。野党として最大限できる抵抗は審議拒否なのです。野党である民主党の主張を国民の皆さんにはっきりと示す唯一の方法であったと思います。「きれいごと」だけでは政治はできません。いくら自分で「政権準備党」と言おうとも、選挙で負けた「野党」であることに変わりはありません。「野党」であるとはそういうことです。

残念なのは、やや中途半端に審議拒否が終わってしまったことです。都議選への影響うんぬんが言われていますが、国家の重要課題であるとの認識の下、一度決めた決断ですから、もし一地方選挙のために撤回したのだとすれば大変に残念です。大切なことは、「ぶれない」ことだと思います。民主党は未だ成長途上の政党です。これからしっかいと「ぶれない」政党を創っていきたいと思います。

 

2005年6月1日(水) 『霞ヶ関の怠慢』

昨日の「おはよう730」でも話題にしたのですが、「鉄鋼製橋梁建設工事を巡る談合事件で、談合組織に加盟している会社30社以上に、発注もとの日本道路公団から40人を超える元職員が天下りし、中にはほとんど出勤せずに年間約1000万円の給与をもらっているケースもあった。」との報道がありました。

わが国は今、770兆円、国民一人当たり(生まれたばかりの赤ちゃんからお年寄りまで全員が)600万円の借金を背負っています。にもかかわらず、さらに国は年間35兆円の借金を続けています。国家予算80兆円のうち、4分の1の20兆円が借金の返済だけで毎年消えていきます。高齢化社会を迎え福祉関係予算が毎年増加している。景気回復のためには財政出動もやむを得ない。いろいろもっともな理由を並べて借金を続けて います。しかし、本当に借金しなければやっていけないのでしょうか。この天下り職員に支払われる1000万円はいったい何でしょうか。その出所をたどれば、橋や道路を作るための税金です。つまり税金が、純粋に橋や道路を作るためだけに使われずに、余計なところへ使われているのです。

道路公団だけを責めるつもりはありません。一事が万事、今の国家予算の使い方はこんな感じです。杜撰です。荒すぎます。ODA予算の使い方を見たNGOの人達は、「自分たちなら、同じことを100分の1の予算でできる」と言います。あながち嘘ではないと思います。それくらい国は無駄な使い方をしています。無駄に使われたお金は、結局、特定の人達の甘い汁となって消えていきます。甘い汁を吸っている人は、それほど「巨悪に加担している」という実感はないかもしれません。一人一人がもらう額はしれています。しかし、国家全体で積もり積もったお金はきっと何十兆円にもなるでしょう。借金しなくても、増税しなくても、国の予算の使い方そのものを根本から変える、真の構造改革を実施すれば、まだまだ十分に財政再建は可能です。その努力もせずに、借金や増税に頼る霞ヶ関(特に財務省)は怠慢です。

政治で変えるしかありません。しかし、自民党では変えることはできません。自民党が一番甘い汁を吸っているのですから。政権交代しかありません。政権交代でできるかできないかは、やってみなければわかりません。でもやらせて下さい。私は、霞ヶ関で働いた経験から、政権が変われば、きっとできると確信しています。