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2005年3月31日(木)
昨晩は新宿の「まんが喫茶」で仮眠を取り、朝6時の新幹線で岡山へ。
本をゆっくり読もうと思っていた東京―岡山間の3時間20分は、爆睡の時間となってしまいました。
午前9時15分に岡山駅に到着し、藤原秘書に駅で拾ってもらい、岡山市桑野のふれあいセンターへ。10時開会の「NTT退職者の会」の冒頭、ご紹介頂き、ご挨拶をさせていただきました。
今の私は、このような場でご紹介いただける立場ではないのですが、総務省や岡山県庁時代からのつながりで、NTTさんには大変よくしていただいており、特に退職者の会の坂本会長、和気事務局長さんには大変お世話になっております。100名近いNTT労組OBの方々にご紹介いただきました。NTT労組OBの方々は、地域活動家の方が多く、頼もしい応援団です。
午後は、連合岡山の岩崎副事務局長と打合せ。
連合岡山加盟組織への挨拶回りの報告と、4月2日の勉強会の打合せです。4月2日に、連合岡山と、民主党1〜5区総支部代表ならびに秘書(総勢23名)との勉強会を開催いたします。岩崎さんと私が幹事となり、声をかけたところ大勢のメンバーが集まりました。民主党が連合岡山との連携を重視している証しだと思います。
夕方から晩にかけてはデスクワーク。
夜9時過ぎから、焼肉を食べながら、県庁時代から付き合いのあるIT企業の相談に乗りました。
私は、総務省及び岡山県庁での経験を生かし、「IT」を今後もライフワークにしていこうと思っています。自分の知識や経験が活かして、地域活性化のために努力してまいりたいと思います。 |
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2005年3月29日(火)
本日は、午前中デスクワークをこなし、午後は労働組合への挨拶回り。
夕方、岡山駅を出発し、明日の「全国江田五月会交流会」に参加するために新幹線で東京へ向かいました。
昨年、岡山へ帰ろうと決意した9月から、11週連続で東京−岡山を新幹線で往復したことを思い出しました(津村啓介さんが、10週連続往復したという話を聞き、負けず嫌いの私は意地になって往復していました・・・)。当時は3時間20分があっという間でしたが、久々の今日は長く感じました。
3ヶ月ぶりに東京駅に降り立ちましたが、懐かしさは全く感じませんでした。最近の東京の街には活気が感じられません。街を歩く人たちは、皆、暗い顔をして下を向いて歩いているような気がするのは私だけでしょうか。
夜9時過ぎから12時過ぎまで、某省・某社から岡山県庁へ出向していた先輩方と合流し、旧交を温めました。私の今回の決断に大きなエールを送っていただいている方々で、大いに励まされました。
その後、終電で久々の里帰りです。午前1時過ぎにもかかわらず、母が起きて待っていてくれており、午前3時過ぎまで四方山話に花を咲かせました。私の今回の決断を最後まで反対したのは母でしたが、今では応援してくれています。人生の大きなピンチを迎えた時ほど、親のありがたみを感じます。
私には妻・子供がいませんので、家族は両親と弟です。「国よりも地域、地域よりも家族」。自分の身近なコミュニティを幸せにすることこそが、社会全体の幸せにつながるものと信じています。これからも家族を大切にしてゆきたいと思います。 |
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2005年3月28日(月)
2003年度の起債制限比率(借金の返済でどれだけ財政が圧迫されているかを示す比率)が、岡山県は9年連続で全国最下位であることが確定しました。
この起債制限比率は、県が自由に使えるお金(一般財源)のうち、借金の返済が占める割合のことで、この割合が20%を超えると、県は自己破産状態とみなされ、国の管理下に置かれる(借金をすることを国が許可しない「財政再建団体」となる)ことになっています。2003年度の比率は18.1%でしたが、1999年度には19.3%まで悪化しておりました。これでも、3次にわたる行財政改革の断行で、ここまで持ち直したのです。私が県庁に在籍した3年間も、職員給与は一律カットされ、管理職手当ても毎年カットされ続けました。
3月20日の日記で、「県の財政課長に国(総務省)から人を受け入れるべきでない」との持論を書きましたが、これはもちろん特定の個人を非難しているわけではありません。岡山県の財政課長は総務省の2年先輩ですが、彼は岡山県のために大変尽力されました。この4月で総務省へ帰りますが、その努力と情熱には頭が下がります。しかし、個人の能力や意識の問題ではなく、真の「地域主権」を実現するためには、中央からの出向制度はやめるべきです。
このような危機的な財政状況にありながらも、合併を控えた市町村は駆け込みの借金を繰り返しています。昨日の県北行脚でも、志の高い地方議員さんは皆この点を危惧しておりました。合併特例債といって、合併する市町村は、特別に借金ができるという制度があります。この制度を使って、今年度ほとんどの市町村が立派な施設を作りました。温水プールや、道路、コンサートホール。目を疑うような立派な施設です。
しかし、このお金も結局借金には変わりなく、いずれ我々自身が皆で負担していかなければなりません。「合併前に俺らが町だけいいモノを造っておこう」という市町村のエゴも問題ですが、それ以上に問題なのは、「アメ」を与えて合併を進めようとする国(総務省)のやり方です。市町村の議員・職員の多くは、合併特例債は特別に交付される補助金のように考えていると思いますが、まったく違います。将来地方が自ら負担しなければならない借金は確実に増えているのです。このようなことをきちんと説明せずに(総務省は「説明した」と言うかもしれませんが、現実には理解されておらず、理解されていない以上、「説明した」ことにはなりません)、目の前に「にんじん」をぶら下げて、合併を勧めるやり方には納得できません。
この問題は、これまでの日本の政治・行政のやり方そのものだと思います。
目先の利益だけを追求し、将来のことを考えない。国民の皆さんに正しい情報を知らせず、痛みを伴うことは何一つ説明せずに、耳障りの良いことばかりを言う。この体質を変えない限り、我が国は本当に滅んでしまうのではないでしょうか。日本は、まさに大前研一さんの言う「茹で蛙(ゆでがえる)」状態です。「茹で蛙」状態とは、「蛙を熱湯に放り込めば、あわてて飛び出すが、水から徐々に温められると、気持ちよくゆであげられて、反応しなくなり、やがて死んでしまう。」(大前研一さんの著書より)そういう状態です。これまでの政治・行政のやり方は、まさに「国民を徐々にゆであげている」ことに他ならないのではないでしょうか。 |
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2005年3月27日(日)
本日は、江田五月さんとともに県北行脚。走行距離は350kmでした。
午前8時に江田邸を出発し、美作市議選(旧美作町選挙区)に立候補予定の堂よしゆきさんの事務所開きに出席しました。堂さんは、NTTのOBで連合岡山の組織内議員候補です。連合岡山の大勢の幹部の方も出席されておりました。
午前11時30分からは、真庭市議選(旧久世町選挙区)に立候補予定の三村一夫さんの事務所開きに出席。久世町の江田五月会や大勢の三村さんの支持者の方々に名刺をお渡しし、ご挨拶ができました。おいしいうどんとおにぎりをいただきました。
午後1時30分には、同じく真庭市議選(旧勝山町選挙区)に立候補予定の谷口宗一さんの後援会事務所に立ち寄り、激励。
午後2時には、同じく真庭市議選(旧八束町選挙区)に立候補予定の浅原孝さんのご自宅へ激励に伺いました。
さらに、午後4時からは、同じく真庭市議選(旧湯原町選挙区)に立候補予定の柿本健治さんを励ます会に参加しました。江田五月参議院議員、草苅隆幸県議会議員、権田直良津山市議会議員が、それぞれ応援演説をされました。また柿本さんご自身が決意表明をされましたが、その中で私のことも紹介していただきました。大勢の湯原町の方にご紹介いただき、誠にありがとうございました。柿本さんは元湯原町職員ですが、地方自治制度にとても造詣の深い議員さんです。何としても通っていただかないといけません。
今日伺った方々は、民主党としても最重点で応援している候補者の方々であり、4月になったら、私も張り付きで応援に入るつもりです。
その後、午後8時前に帰岡。江田五月さんと一緒に、「番町文庫」で焼き飯を食べ、江田さんをご自宅まで送り、本日の仕事は終了。
その後、この4月に東京へ転勤するT.Wさんの送別会に合流しました。大勢の人が別れを惜しんで参加しておりました。彼は、岡山を誰よりも愛しており、必ずや岡山を変えてくれる若者だと期待していたので、今回の転勤は本当に残念です。しかし、また近いうちに必ず岡山へ戻ってくると信じております。(私が、彼に同じことを言われ、戻ってきたように。)
その時までに、今度は私が岡山を変えるために準備万端整えて、彼を待ちたいと思います。 |
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2005年3月26日(土)
午前中はデスクワーク。4月上旬に発行予定の「五月会だより」原稿の最終チェックなど。
午後2時に総社市長選挙に出馬予定の竹内洋二さんの事務所へ。民主党は現職の竹内さんを応援することを決めており、その応援体制の相談です。相手は、片岡聡一さんといって橋本龍太郎元総理の秘書を務めた方です。日歯連からの1億円献金事件が記憶に新しいこの時期に、絶対に負けるわけにはいかない選挙です。江田事務所も総動員で竹内洋二さんを応援します。
終了後、花咲ひろきさんの事務所へ立ち寄りましたが、5区総支部の常任幹事会の最中でお会いできませんでした。花咲さんとは、同じ時期の民主党候補者公募に合格した仲間として、これからもいろいろと情報交換してゆければと思っています。いずれまたゆっくりお伺いいたします。
竹内事務所での打合せが長引いたため、夕方から参加するつもりだったフットサルに参加できませんでした。残念!
政治家は体力勝負とつくづく感じる今日この頃。定期的に運動は続けたいと思っています。
夜は、県庁時代から参加している若手勉強会に参加。毎回新しいメンバーが増えており、いつも新しい出会いがあります。政治活動は禁止されている勉強会ですが、いろいろな人と知り合えることは私自身の人間の幅を広げる意味でも重要なことであり、これからもできる限り参加してゆこうと思います。 |
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2005年3月25日(金)
本日は、美作市議選に立候補を予定している樋元弘一さんの応援に、大原町へ行ってまいりました。現地で3区総支部代表の中村てつおさんと合流し、江田五月会の方々を回りました。
大原町は宮本武蔵生誕の地として、一昨年のNHK大河ドラマ以降、一躍有名になった町で、鉄道の駅も「宮本武蔵駅」という駅があります。
今日はJRと智頭線を乗り継いで、電車で行くことにしました。電車代は往復4000円かかりますが、時間は往復4時間弱。車だと往復5時間強かかります。それに何といっても電車ではゆっくり本を読むことができます。
最近は、本を読む時間が無いことが最大の悩みです。「タイム・イズ・マネー」まさにそのとおりで、5時間と4000円。迷わず時間を選びました。(現地で車を運転していただいた中村さんがいればこその選択であり、中村さんには感謝しております)
ずっと前に購入し、読もうと思っている本は数十冊あるのですが、そのうち、「岡山人じゃが」(岡山ペンクラブ編)と「見方」(堺屋太一著)の2冊を読むことができました。
「岡山人じゃが」は、岡山県のマスコミOB、現役有志が集まった岡山ペンクラブの皆さんが執筆された本です。岡山を代表する方々の人物像から、岡山の県民性を考察しようという本ですが、岡山で生まれ育っていない私にとっては、実に有意義な本でした。「あの人が岡山出身だったのか!」とか、「岡山で有名なあの人はこういう人生を送ったんだ!!」という驚きがたくさんありました。
巷で言われる岡山県民性論で、「よそ者に冷たい」というものがあります。他県から来ている人たちの集まりに参加した際に、しばしば聞いたこともありました。しかし、私は幸せなことにそう感じたことは一度もありませんでした。3月4日の日記にも書きましたが、私が岡山を生涯のふるさととして選んだ最大の理由は、「岡山の人が好き」だからです。少なくとも私が3年間でお付き合いした岡山の仲間たちはすばらしい仲間ばかりでした。ちょうど1年前、転勤の辞令をもらい、東京に戻らなければならないとわかったとき、大きなショックを受けたと同時に、この岡山の仲間たちと離れ離れになる生活など想像できませんでした。そのとき、自分はいつか必ず岡山に戻ってくる、そう確信しました。(そのときはこれほど早く戻ってくるとは思いませんでしたが・・・)
敢えて岡山県人の欠点を挙げるとすれば、「PR下手」なことかな、と思います。これほどの観光資源やおいしい食べ物や特産品があるのに、今ひとつ全国に知られていない。あと、気候温暖で災害も少なく、食べ物もおいしい、生活環境が恵まれているせいでしょうか、やや「ハングリー精神に欠ける」ような気もします。すばらしい企業がたくさんあるのに、全国進出を目指す企業が少なく、またベンチャー企業も少ないようにも思います。
歴史や気候、風土が県民性にどこまで関係あるのか、そもそも県民性などあるのか、いろいろ興味は尽きませんが、これからも岡山に生まれ育っていない岡山県人として、いろいろ考察してゆきたいと思います。 |
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2005年3月24日(木)
本日は、終日、労働組合への挨拶回りを行いました。
9つの主要産別の委員長または書記長(事務局長)さんにお会いすることができました。いろいろなお話を伺うことができましたが、特に印象深かった一言は次のようなコメントです。
「労働組合も、自分の主張を100%取り入れてくれなんて思っていない。50%取り入れてくれれば十分なんだ。」
民主主義の、そして二大政党制の先輩、アメリカとイギリスでは、それぞれ労働組合を支持母体とする民主党、労働党が既に政権を獲っています。両党に共通するのは、両党ともにきわめて多様な支持母体を持つことです。当然、支持母体同士の利害が対立することもたくさんあります。しかしそうした利害の対立を乗り越えて二大政党制は確立するのです。そのための調整機能と、それを誰にとってもわかりやすい政策として打ち出す術を民主党は早く身につけなければなりません。多様な考え方の人を受け入れる国民政党として、一日も早く成長する必要があります。「これ以上自民党政権を続けるわけにはいかない」という点では皆想いは一緒なのですから。 |
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2005年3月23日(水)
本日は、江田五月参議院議員の代理で、倉敷芸術科学大学の学位記授与式(卒業式)に出席いたしました。卒業式に出るのは、大学卒業以来ですから12年ぶりです。私が学生の頃の卒業式は、女性ははかま(「はいからさんが通る」の紅緒が着ているような服)が主流でしたが、今は振袖を着る方が多いのにびっくりしました。いつの時代も男性は、女性が綺麗に着飾った姿を見るのは嬉しいものです。
午後は、倉敷の労働組合の挨拶回りに伺いました。
倉敷は、水島工業地帯を中心に、JFEや三菱自動車といった岡山を代表する企業があり、大きな労働組合があります。
しかし、倉敷では昨年から県議選・市議選と選挙が続き、民主党と労働組合とは必ずしも順風満帆な関係とは言えません。
民主党と労働組合は全く別団体であり、政策の違いや意見の違いは当然あります。しかし、その差を埋めるのはコミュニケーションです。日ごろ我々がこまめに顔を出し、意思疎通を図ることが大切です。今回直接お会いし話をしてみて、誤解に基づく行き違いもあることがよくわかりました。
これから、民主党の最大の支持基盤である「連合岡山」とのコミュニケーションを十分図ることができるよう、努力していきたいと思っています。 |
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2005年3月22日(火)
本日は、毎週恒例の「おはよう730」でスタートです。雨の降る中でのチラシ配りはさすがに苦戦しました。
事務所へ帰って、事務局会議。4月に目白押しの各種選挙について、江田事務所の応援体制を相談しました。
午後は、連合岡山(労働組合)幹部の方々を訪問いたしました。皆さん忙しい方ばかりのため、なかなかお会いすることができません。しかし、民主党を支持してくださる連合岡山とのコミュニケーションは大切です。某幹部の方からは、「君のように単身で乗り込んできて、話をしに来るのは結構なことだ。」とおっしゃって頂きました。
夜は、一度ゆっくりお話をしたいと思っていた経営者の方とお会いしました。名実ともに岡山を代表する企業の若き経営者の方です。大変多忙な方ですが、大学の先輩という縁で実現しました。
ライブドア問題から岡山の将来像まで、いろいろなお話をさせてもらいました。その中で、次のような民主党(というよりも私)に対する注文がありました。
「民主党は国政ばかりを目指す人が多いが、地方議員を目指す人はいないのか。市議や県議を経験し、国政を目指す人がもう少し増えてくれればいいのに。」
私も同感です。特に岡山県の場合、自民党にも民主党にもこういうケースが少ないように思います。他の地域では、地方議員から国会議員への転出はもう少し多いように思います。群馬2区から次期衆議院選挙に立候補を予定している総務省(旧郵政省)の後輩、石関たかし氏は、伊勢崎市議・群馬県議を経て、今回国政の候補者になりました。
私は、地方政治も国政も政治の本質は変わるものではなく、両者はリンクすると思います。地方議員で培った経験を国政の場に活かす、そういう仕組みを民主党にも作るためには地方議員を増やすことが急務です。 |
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2005年3月21日(月)
今日は、「政権交代」前夜を感じる、緊迫した一日でした。
事の発端は、午後1時からの「岡山市・灘崎町・御津町合併記念式典」です。
県選出の国会議員が軒並み出席する中、来賓挨拶は全て自民党国会議員で、江田五月参議院議員、津村啓介衆議院議員の出番は無しとのこと。これが闘志に火をつけたのか、津村啓介さんから、式典開始前に会場前で一緒に街宣をしましょうとの誘いがありました。「挑発的なことするなあ・・・」と思いつつ、この話乗りました。
式典開始1時間前から、会場の目の前で始めました。続々と会場に来る県内の大物たち。特に自民党系議員や自民党支持層の経営者、連合町内会長さんたちに対して、青いジャンパーを着た恐れを知らない4名の若者たちが、次々と「若い力・民主党」の青い冊子を配って回りました。市役所の職員が配っているのと勘違いされたのか、多くの自民党系議員も冊子を受け取られ、200冊近くの冊子を配ることができました。きっと、会場中の人たちが「若い力・民主党」の冊子を持っていたことでしょう。
その後、興奮冷めやらぬままに、一人天満屋前に移動し、いつものチラシ配りを始めました。今日はうららかな陽気に誘われたのか、いつになく人通りが多く、大勢の方にお渡しできました。何人もの知人に会いました。「天満屋からこんにちは」はかなり効果が高いと確信してきました。
その後、民主党岡山県連副幹事長の姫井由美子県議会議員が通りかかりました。姫井さんは、表町商店街のお店一軒一軒に「後援会だより」を配って歩いているとのこと。一緒に回らせてもらうことにしました。姫井さんは大変顔が広く、多くのお店の方をご存知で、私のことも紹介していただきました。ここでも、従来自民党支持層だった経営者の方々が、口々に自民党の限界を語っておられました。
今日は一日、緊張感の連続でありましたが、「政権交代」に向けた確かな手ごたえを感じることができた有意義な一日でした。また明日からの「戦い」に向け、ぐっすり眠れそうです。 |
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2005年3月20日(日)
総務省の後輩が、休日を利用してわざわざ訪ねてくれました。
夜一杯やりながら、いろいろなことを話しました。
私の日記を読み、大勢の総務省の仲間たちが共感してくれていることを教えてくれました。皆「何とかしたい、でもどうしようもない」そんな閉塞感の中にいる、そんな話でした。霞ヶ関の仲間たちは、決して悪い人間ではありません。皆、この国を憂い、理想に燃えて、国家公務員となったのです。そして優秀な連中ばかりです。彼らの志を無駄にしないことこそ、今政治に求められている最大の使命だと私は思っています。
彼も地方自治体出向経験があるため、とても話が合いました。3月14日の日記の内容に全く同感だと言ってくれました。彼も、「地域主権を実現するための最大の改革は、中央官僚の地方出向を止めること」との意見に大賛成でした。私も彼も、自分たちは県庁に出向して本当に成長したと思っています。地方自治体で働いた1年は、中央省庁で働く何年分もの価値があると思います。しかし、それは部長や課長でなくても経験できます。むしろ、課長補佐や係長のほうが良い経験になるでしょう。実は、市町村役場でも国と県との関係と同じように県庁職員の出向を受け入れています。しかし、市町村では、総務部長や財政課長のような中枢を握る部門をよそ者に明け渡す例は少ないように思います。県庁も、総務部長や財政課長のような中枢部門を、総務省(旧自治省)に任せていてはいけません。
もう一つ、彼ととても意見があったのは、省庁一括採用についてです。彼曰く、「高井さんの政策はいろいろ書いているけど、一番最初に書いてある省庁一括採用、これが一番大事。これを実現したら、大部分の政策はうまくいく。」
私も本当にそう思います。霞ヶ関のくだらない権限争いは、すべて自分の出身省庁があるからです。出身省庁など無くしてしまえば、こんな不毛な争いは起らないのです。総務省(旧自治省)も、地方の総務部長や財政課長のポストを確保することなど考えなくなるでしょう。
こんないとも簡単な行政改革が自民党ではできないのです。橋本総理の行政改革で省庁の数は半分に減りましたが、そんなものは大して意味はありません。一番有効な行政改革は省庁の一括採用です。しかし、自民党は省庁が権限争いをしてくれるほうがありがたいのです。省庁が争えば必ず自民党政治家を頼ってきます。そこで政治家は力を発揮できるのです。そんなおいしい思いをしている自民党が省庁の権限争いを無くすような政策を行うはずがありません。
だから「政権交代」が必要なのです。政権が変われば、省庁の構造は一変します。最後に彼がこんなことを言っていました。
「なんだかんだ言っても、役人は優秀ですよ。だから、どんな政権になってもすぐに順応できます。役人の多くは、ひそかに政権交代を望んでいると思います。役人も窒息死しそうになって、必死にもがいているのです。政治の力で役所を変えてくれることを望んでいるのです。」 |
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2005年3月19日(土)
本日、江田五月参議院議員の代理として、灘崎町閉町記念式典に出席いたしました。
灘崎町は、町の大半が児島湾干拓事業でできた町で、町制施行から55年の歴史のある町です。その町が、平成の大合併により、岡山市と合併することとなりました。
壇上の来賓席から、町民一人一人のお顔がよく見えました。皆さんの表情は、どことなく寂しそうでした。長年にわたりこよなく愛してきた町が無くなるのです。無理もありません。
私は、市町村合併は進めなくてはならないと思っています。今の日本の財政状況を考えれば、行政単位をある程度の規模以上にすることは必要不可欠です。人口数千人の町一つ一つに大きなコンサートホールや体育館や美術館は必要ありません。そういう施設は、二つか三つの町に一つあれば十分でしょう。今は、それぞれの町や村が、同じような施設を競いあって建てています。これは国が地方行政に関与する国庫補助金制度がもたらす大きな弊害です。
しかし、市町村合併を進める者は、市町村合併が住民の方々の苦渋の選択の上に成り立っていることを忘れてはいけません。皆さん、合併したくてしているのではありません。誰だって、自分の愛する町の名前が消えるのは寂しいでしょう。立派なコンサートホールや体育館もほしいでしょう。
苦渋の選択をした皆さんに報いるためには、「合併してよかった」と思えるメリットをきちんと示すことです。しかし、今の制度のままでは、合併してもたいしたメリットを得ることはできません。本日発表された岡山大学中村良平教授の調査でも、合併後に介護保険料や水道料金などが値上がりする自治体が多いそうです。
住民の苦渋の選択に応えるだけのメリットを与えることができるのは、真の「地域主権」を実現できた時です。民主党が主張する18兆円の国庫補助金を地方自治体へ全額委譲し、地方が自由に使えるお金を増やすことです。「まやかしの三位一体改革」ではない、真の「地域主権」が実現した時に、はじめて皆さん「合併してよかった」と思えることでしょう。
市町村合併を進める人たち、総務省も、県庁も、そして政治家も、このことを決して忘れないで下さい。住民の皆さんが、本当に辛い思いで苦渋の決断をしているのだということを決して忘れないで下さい。私も、今日の灘崎町の方々の寂しそうな顔を決して忘れません。 |
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2005年3月18日(金)
東京から、大学の後輩が訪ねてくれました。
この3月で卒業し、外資系コンサルティング会社に就職する若者です。学生時代にベンチャー事業を立ち上げたそうで、話をしていても、するどい洞察力を持った「できる男」なのですが、そういう若者が、今は官僚や日本の大手銀行マン・商社マンにならずに、外資系コンサルティング会社に就職する例が増えています。
彼と「理想の政治家」についての話になりました。
「理想の政治家」には、二つのタイプがあると思います。
「強いリーダーシップを発揮し、市民を引っ張ってゆくタイプ」と「市民の意見を聞き、それを調整し、実現してゆくタイプ」。
彼の意見は、「市民が成熟した社会では後者が理想だけれども、現時点の日本では前者が求められている」という意見でした。
なるほどなあ、と思いました。
しかし、民主主義はあくまでも市民が主役でなければなりません。一人の偉大な政治家が現れ、理想の政策を示し、あとは俺に任せろ、では民主主義ではないと思います。確かに、こういうスーパーマンが現れれば、市民は何も考えず黙ってついていけばよいのですから、市民にとっては楽です。しかし、こういう市民の安易な姿勢がヒトラーを生み出してしまったのです。やはり、市民一人一人が、あるべき世の中の姿を考え、主張する。政治家はそうした一人一人の声を誠実に聞く。一人一人の意見は必ず対立しますから、それを最大公約数となるように調整し、実現する。それが政治家の仕事ではないかと思います。
「理想の政治家とは」、これからもいろいろな方と議論をし、日々考えをブラッシュアップしてゆきたいと思います。 |
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2005年3月17日(木)
本日も一日県北行脚です。
午前中に事務所を出発し、美作市議選に立候補予定の樋元弘一大原町議を訪ねました。大原町は、県北の兵庫県境に位置し、岡山市内から車で2時間半かかりました。樋元町議のお宅は、宮本武蔵生誕地の近くです。大原町は、NHK大河ドラマ「宮本武蔵」ですっかり有名になりましたが、樋元町議は町の観光委員として、宮本武蔵のPRに尽力された議員さんです。古くから江田五月議員を応援してくれており、絶対に落とせない選挙です。
午後からは、真庭市議選に立候補予定の5人の町村議が集まる会合に参加しました。この会は「ニューピオーネ」といって、新真庭市に合併する9町村が、今回の選挙だけは、特例によりそれぞれ旧町村単位で選挙が行われるため、仲間同士がそれぞれの知人・友人を紹介しあって、皆で当選を目指そうと言う会派です。全国的にも例の無い画期的な試みです。政党色を出さない候補者もおりますが、民主党として「ニューピオーネ」会を応援したいと思っております。
今回の市町村合併に伴う選挙により、議員定数は大幅に少なくなります。
これにより、これまで数多くいた自民党系の地方議員数は激減することになります。加えて、我々が応援する民主党系の地方議員さんが勝利すれば、自民党への打撃は相当なものとなります。いよいよ政権交代が視野に入ってきます。ここは正念場、何が何でも勝たなくてはなりません。この一ヶ月間は、江田事務所総動員で頑張ります。
帰りがけ夜遅くに、赤磐市(旧赤坂町)のラーメン屋「仙助」(清水秘書お薦め)に立ち寄ると、赤磐市長選挙に出馬表明している荒嶋りょういちさんにばったりお会いしました。私のことを覚えていてくれて、向こうから声をかけていただきました。支持者の方との会合が終わった後に、ご夫婦で食事に来られたとのこと。とても仲のよさそうなご夫婦で、どんなに忙しい時でも、ご夫婦の時間を大切にされている姿は、とてもほほえましく温かい人柄を感じました。まるで江田ご夫妻を見ているような気がしました。荒嶋さんの評判は大変よく、ぜひこういう方に新しい市政を担ってほしいと思います。
追記:ちなみに「仙助」は、醤油とんこつベースで、野菜・ハチミツ入りスープで有名なラーメン屋さんです。しかし、ラーメンもさることながら、絶品なのが「洋風カツ丼」です。デミグラスソースはクリ―ミーでまろやかで、ハヤシライスのようです。ぜひ一度お試し下さい。 |
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2005年3月16日(水)
本日は、県北の真庭市議会議員選挙に出馬予定の、三村一夫さん(現久世町議)と浅原孝さん(現八束村議)の応援に行ってまいりました。
江田五月夫人の京子さんに同行して、清水秘書とともに一路県北へ。蒜山高原として知られる八束村は、まだ雪が残っています。
久世町は人口12000人弱、八束村は3000人弱のいわゆる過疎地域ですが、投票率も高く、政治への関心が高い地域です。保守王国岡山、そして自民党の牙城といわれる農村部において、民主党が勝たない限り、「政権交代」はあり得ません。都市部だけの、浮動票頼みの選挙は、いつか必ず負けます。いつでも、そして誰が相手でも勝てる、そんな足腰の強い活動を何年かかっても、築きあげていくつもりです。
いずれ来る自分の選挙のために、今は精一杯、仲間の選挙をやります。いつか必ず自分に帰ってくると信じて、自分の選挙以上にやるつもりです。
今日は、100軒ほど訪問できました。江田京子さんの人気は高く、どこでも大歓迎されました。早く私も、訪問しただけで喜ばれる、そんな人間になりたいと思います。
ところで、今日、お昼に立ち寄ったカレー屋「さん・はうす」は超お勧めです。
久世インターチェンジから国道181号線を勝山方面に2〜3分走ったところにありますが、おしゃれな雰囲気で、女性に人気がありそうな店構え。そして味も抜群でした。「季節のカレー」を食べましたが、これがまた絶品でした。近くを通った方はぜひ立ち寄られてはいかがでしょうか。(ドライブかたがたわざわざ行く価値も十分あると思いますよ) |
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2005年3月15日(火)
町村合併に伴う市長選挙・市町議会議員選挙が目白押しです。
民主党が政権交代を実現するためには、足腰の強い地域活動が不可欠です。「民主党はどぶ板選挙活動が足りない」、小沢一郎さんの言葉ですが、まったくそのとおりだと思います。あのスマートに見える、イギリス労働党のブレア首相だって、どぶ板選挙で勝ちあがってきたのです。
そして、地域活動を進めるためには、何よりも民主党系の地方議員さんを増やさなければなりません。今回の、プレ統一地方選挙とも言われる4月選挙を、なんとしても勝ち抜かなければなりません。そのために、私は自分の選挙以上に、全力を尽くすつもりです。
私が応援する候補者は以下の方々です。4月に入ったら、張り付きで応援します。該当する地域にお住まいの方、または友人・知人がいらっしゃる方、ぜひご一報ください。また、毎日県北と我が家を往復するのしんどいので、どなたか、私を泊めていただける親切な方いらっしゃいましたら、併せてご一報下さい。お願いします。
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総社市長選挙 |
竹内洋二 |
(現総社市長) |
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赤磐市長選挙 |
荒嶋りょう一 |
(現吉井町長) |
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新見市長選挙 |
石垣正夫 |
(現新見市長) |
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備前市長選挙 |
西岡憲康 |
(現日生町長) |
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赤磐市議会議員選挙 |
樅野志郎 |
(現山陽町議) |
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原田素代 |
(現赤坂町議) |
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真庭市議会議員選挙 |
谷口宗一 |
(現勝山町議) |
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柿本健治 |
(現湯原町議) |
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三村一夫 |
(現久世町議) |
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浅原 孝 |
(現八束村議) |
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西山征和 |
(現中和村議) |
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美作市議会議員選挙 |
堂 良行 |
(現美作町議) |
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樋元弘一 |
(元大原町議) |
今日も、堂よしゆきさんの選挙区、美作町を訪ね、今後の選挙活動について相談してまいりました。その後、堂さんと一緒に、「NTT労組退職者の会」の美作地区会合に参加させていただきました。堂さんの応援とともに、私自身のPRもさせてもらいました。私が、総務省時代からお付き合いのあったNTTさんには本当にお世話になっています。 |
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2005年3月14日(月)
片山虎之助前総務大臣の書いた本、「共存共栄の思想」を読みました。
片山虎之助さんは、自治省(現総務省)に入り、岡山県庁で財政課長、企画部長、副知事を勤めました。総務省に入り、岡山県庁へ出向していた点では、私と似たような経歴をたどっています。(もちろん、地位はずっと上ですが・・・)
「共存共栄の思想」では、「郵政民営化」と「三位一体改革」を取り上げています。「郵政民営化」については、何度もコメントしておりますので、本日は「三位一体改革」についてお話したいと思います。
私は、今の「三位一体改革」は、まやかしの改革だと思っています。
「地方のため」「地方分権のため」などと言いながら、実はこの話は、「財務省(旧大蔵省)」と「総務省(旧自治省)」との権限争いに過ぎないのです。「三位一体改革」の柱である、税財源の地方への委譲は、今にはじまった話ではありません。戦後、GHQにより内務省が解体されて以降、内務省の直系を自認する自治省は、再びお金と権限を大蔵省から取り戻し、霞ヶ関に君臨することが積年の悲願なのです。しかし、財務省(旧大蔵省)も予算を握ってこそ、今の地位があるわけで、おいそれとは譲りません。これに、縦割り省庁の権限争いも加わって、今の「三位一体改革」は、矮小化されているのです。所詮、霞ヶ関という小さなコップの中の権限争いに過ぎないのです。
総務省が本当に「地方分権」(私は「地域主権」という言葉の方が好きです)を行う気があるのであれば、地方交付税交付金に関する権限も放棄すべきです。もちろん、自治体間の貧富の差はどうしても存在しますから、財源調整は必要です。しかし、その調整の仕組みは透明性の高いものとし、総務省の権限は排除すべきです。総務省は「今でもルールに基づきやっている。そのような権限はない。」と言うかもしれませんが、現実には、どこの都道府県も市町村もみな、年度末近くになると、総務省に、そして片山虎之助さんに陳情に行くのです。それが、選挙の票にそのままつながるのです。
真の「地域主権」を実現するためには、まやかしの「三位一体改革」ではなく、民主党がマニフェストで公約しているとおり、18兆円の補助金を即刻廃止し、地方が自由に使えるお金とすべきです(ちなみに、今の「三位一体改革」で廃止したのは、たったの2兆8000億円です)。地方へ委譲する18兆円は、税源の委譲と、国の関与しない透明性の高いルールに基づき算定される交付金により賄われるべきです。総務省をはじめとする国の機関が関与する余地を与えないことです。
そして、「地域主権」を実現するための最大の改革は、中央官僚の地方出向を止めることです。現在ほとんどの都道府県の財政課長は、総務省の若手キャリア(30歳代前半)です。地方自治体において、財政課長の権限は絶大です。予算編成から議会対策まで、全ての権限を握っていると言っても過言ではありません。たたき上げの農林部長や土木部長よりもずっと権限を持っています。このような重要なポストに、国からキャリア官僚を受け入れている限り、真の「地域主権」など到底できません。今の「三位一体改革」は、総務省キャリアが出向するポストにより権限を集中させるだけのものです。
片山虎之助さんの本の中に、共感できる一文がありました。
「将来のために、大きな観点から賢明な選択をしてください。ノーチェンジ・ノーチャンスなのです、チャンスをつかむために、チェンジしようではありませんか」
まさにそのとおりです。チェンジ(交代、変化)なくして、チャンスは生まれません。皆さん、チェンジしようではありませんか。チェンジを恐れてはいけません。チェンジなくして、チャンスは永遠に来ません。この国を「座して死を待つ」国にしてはいけません。将来のために、賢明な選択をお願いします。 |
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2005年3月13日(日)
本日は、江田五月さんと一緒に、赤磐市長選挙に立候補を予定している前吉井町長の荒嶋りょういちさんの事務所開きに行ってまいりました。
久々の寒波到来で、雪が舞う中、屋外での1時間以上にわたる事務所開きは、震え上がりました。
民主党と連合岡山は、荒嶋りょういちさんを推薦しています。荒嶋さんが町長をされていた旧吉井町は人口5480人。もう一人の候補者である遠藤さんが町長をされていた旧山陽町は人口24600人。その差は歴然です。ところが、二人は大接戦と言われています。これから、市町村合併に伴う首長選挙が目白押しですが、どこも大きな町の候補者が有利なようです。しかし、本当にそれでいいのでしょうか?「おらが町」から市長を出したい気持ちはわかりますが、やはり、市長は人物本意で、本当に旧町のしがらみやエゴを考えず、新市の舵取りを誠実に行ってくれる、そういう人を選んでもらいたいと思います。今回の赤磐市長選挙は、今後の大きな試金石だと思っています。
お昼は、江田五月さんの支持者、というよりは京子夫人のお友達の方のお宅へお邪魔し、昼食を戴きました。「えびちり」をはじめ、おいしい料理ばかり。ごちそうさまでした。
午後2時からは、2区総支部の定期大会です。
県連代表の江田さんからは、次期衆議院選挙、津村啓介さんの小選挙区での必勝をお願いし、総支部代表の津村さんからは、政権交代へ向けた力強く厳しい言葉がありました。津村さんの言葉は、いつも「デストロイヤー(破壊者)」という感じで、「政権交代」という日本政治史の一大変革期には無くてはならない人だと思います。(私には真似できそうにありませんが・・・)
その後、江田五月さんをご自宅までお送りし、午後5時から1時間半ほど天満屋前でチラシ配りをいたしました。日曜日の天満屋前は夕方でも大勢の人です。チラシをもらうのが2度目、3度目の方も増えてきて、「この間もらったよ」「県庁におったんだな」「出身はどこ?」などと声をかけてもらえるようになってきました。「継続は力なり」、私の好きな言葉です。最後までこの「天満屋からこんにちは」は続けてゆきたいと思います。
夜は事務所に帰ってデスクワークです。日曜日の夜だというのに、江田事務所のスタッフはみな在席。「政権交代」を目指しているのは、候補者だけではありません。スタッフ一同、「政権交代」の実現に向け、血のにじむ努力を続けています。 |
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2005年3月12日(土)
ある支持者の方から、質問をいただきました。「日本とアメリカの官僚制度の違い」についてです。
私は今まで、「アメリカの政治任用制度はすばらしい。一刻も早く日本に導入すべき。」と考えていました。しかし、アメリカの政治任用制度にも欠点があったのです。(藤原秘書が調べてくれました)
1881年にこんな事件があったそうです。
アメリカ大統領ガーフィールドが、彼の熱烈な支持者であるギトーにピストルで狙撃され死亡したのです。アメリカでは昔から官僚の任用制度は「猟官制」といって、大統領選挙の功労者が要職に就く制度だったのです。選挙戦で、私財を投じてまで一生懸命ガーフィールドを応援したギトーは、選挙後、希望する「パリ総領事」になれるものと思っていたのですが、実際は全く恩恵を受けなかった。そこで逆恨みし、凶行に及んだのです。
この事件の後、「猟官制」の腐敗と非能率が問題になり、1883年には、公開の試験制度が採用されるようになりました。しかし、今でも「猟官制」は暗黙の原則で、政権が変わるたびに中央官庁の課長以上の役職はみな代わります。
「猟官制」は、政権交代により官僚ががらりと代わることにより、特定の人に業務を長期間任せない、短期間で対応するスピード制と効率性に優れますが、反面、専門知識を持つ適任者が就任するとは限らず、また汚職につながることもあるようです。
私はこういう事実を知らずに、これまでアメリカ型の政治任用を主張していました。勉強不足であった点は率直に反省しなければなりません。今後も、いろいろな意見を主張していきますが、きちんとメリット・デメリットを検証しなければならないと痛感いたしました。
フランスやドイツでは、日本型とアメリカ型のいいところを併せた任用制度を採用しているそうです。日本もそのように改革するのが望ましいと思います。詳しくはまだ後日書きます。 |
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2005年3月11日(金)
日記を書くようになってから、2ヶ月と10日。
筆不精の私がよく続いていると思います(実際は、2日分まとめて書いたりしていますが・・・)。
だんだんと日記を読んでくださる方も増え、「楽しみにしてる」と言ってくださる方もいるので、毎日どういう日記を書こうか、試行錯誤しています。
江田五月さんのようにその日の出来事を書き綴る方法と、田嶋要さん(千葉1区選出の衆議院議員)のように、最近話題のトピックスに対して自分の意見を書いて行く方法があります。
私は、両方書いて行きたいと思っています。ただ、現在は秘書という立場上、日記に書けない活動もたくさんあります。特に、これからは、4月に集中する市長選挙・市町議会議員選挙の応援に入りますので、書けないことも多くなると思います。そういう場合は、最近の話題事項に対する意見を書くようにしたいと思います。
本日も、選挙目白押しの3区(備前市、赤磐市、真庭市、美作市等)の予定候補者の方を訪問し、打合せを行いました。政権交代の実現のためには、民主党を支持してくれる地方議員を増やして行くことが不可欠です。来るべき総選挙に勝つためには、今回の地方選挙は絶対に落とせません。私はこの1月半、友好議員さんを全力で応援します。
夜は、総務省の同期が訪ねてくれました。大学のゼミも一緒で、学生時代から数えると14年間同じ釜のめしを食べた同期です。ここで、進む道は分かれましたが、付き合いは一生続くと思います。県庁時代からの友人も一緒に、久しぶりに楽しく語り合いました。 |
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2005年3月10日(木)
東京4区選出の中西一善衆議院議員がわいせつ容疑で逮捕されました。
聞くに堪えない事件であり、言葉にもならない。こんな事件にコメントするのもどうかと思いましたが、政治家不信がこれほど頂点に達する事件もないと思いますので、あえてコメントします。
選挙を勝ち抜き、国会議員になることがどんなに大変なことか、身近に江田五月さんや津村啓介さんの血のにじむような努力を見ているので、こんなばかなことで議員を辞める人がいることが信じられません。
今回の事件は、個人の資質の問題だと思いますが、しかし、私は、日本の国会議員のあり方そのものに潜む問題もあるように思います。
私は、霞ヶ関という国会議員がもっとも威張っている場所に働いておりましたので、余計にそう感じるかもしれません。国会議員が、地元の選挙区と東京であまりにも態度が違うことに何度も不信感を抱きました。地元ではあれだけぺこぺこしている人が、東京では役人を呼びつけては怒鳴り散らし、周りからは「先生、先生」と呼ばれ、有頂天になっている。見るに耐えない姿です。こんな二重人格の人達に、なぜ我々が一生懸命に考えた政策を捻じ曲げられなければならないのか、大事なこの国の政治を任せていいのか、何度もそう思いました。
私もそれほど海外の政治家を知っているわけではありませんが、私が住んでいたドイツやイギリスの政治家は、支持者にぺこぺこもしないし、威張りもしない、普通の人という印象でした。
私は、政治家は「普通の人」であるべきだと思っています。
人は、どんな人でも、社会の中で役割を持って生きています。何らかの社会の役割を分担している、それが職業です。政治家もその役割の一つ、一つの職業に過ぎません。ただ、皆さんから選んでもらって仕事に就く、ちょっと特別なプロセスを経て働いています。ですから、皆さんに対して責任があります。だから、清廉潔白でなければならず、また自分の主義主張を簡単に変えたりしてはいけません。でも、特別にぺこぺこする必要もないし、特別に威張る必要もありません。
私はそんな普通の政治家を目指しています。皆さんも、政治家にスーパーマンを期待しないで下さい。少なくとも、私はスーパーマンではありません。 |
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2005年3月9日(水)
本日は、午前中休みをもらって、ゆっくり寝ました。
起きたのは12時過ぎで、12時間ぐっすり寝ました。学生の頃は、何時間でも平気で眠れましたが(三日間徹夜した後に、24時間一度も目が覚めずに寝ていたこともあります)、この歳で12時間も眠れたのは久しぶりです。このニケ月間、知らず知らずのうちに目に見えない疲れがたまっていたのだと思います。
1月から江田事務所で働くようになり、67日目で初めて休みを取りました。「地盤、看板、かばん」のいずれも持たない私が、政治家を目指すということ、そして毎日日記を書き、皆さんに見ていただいていることを考えると、休みをとるのはとても気が引けます。しかし、この間、インフルエンザで倒れた5区の花咲ひろきさんが、「やはり休みをとらないと。リフレッシュしないといい仕事もできない。風邪にかかったのは休めというサインだったのだと思う。」と話すのを聞き、なるほどなあ、と思いました。体が資本のこの仕事、適宜リフレッシュしながら頑張ります。
休んだおかげで、午後からは快調に仕事をこなしました。
3月下旬から目白押しの首長・市町議会議員選挙において、江田事務所として、「誰を、誰が、どのような体制で」応援するのかの資料作りや、地域活動家のリストアップ作業、四半期に一度発行する「五月会だより」の原稿書き等に精を出しました。
今日は暖かくいい天気でしたが、おかげで花粉がすごい。花粉症の私にはつらい一日になりました。30歳まで花粉症など全く無く、「花粉症になるなんて、たるんでる証拠だ」などと訳の分からない思い込みをしていましたが、30歳のときに突然花粉症になってしまいました(涙)。
どなたか、花粉症のいい対処療法をご存知の方は教えてください。 |
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2005年3月8日(火)
本日、岡山大学と中国銀行が「大学発ベンチャー育成」について、協定に調印いたしました。
私は、県庁時代に、岡山の経済が発展して行くためには、岡山から「大学発ベンチャー」を生み出さなければならないと主張してきました。世界第二位の経済大国になりながら、景気が低迷し、日本経済が混迷を極めているのは、日本にベンチャー企業が育っていないからです。最近でこそ、楽天やライブドアの出現により、ベンチャー企業も有名になってきましたが、アメリカとはその事業規模は一桁も二桁も違います。世界を代表するIT企業はみなベンチャー、しかも大学生が始めたベンチャー企業なのです。
アメリカの大学では、一番優秀な学生はベンチャー起業家を目指します。大企業や弁護士などを目指す人は次に優秀な学生で、官僚を目指す人はほとんどいないそうです。日本の場合、東大法学部の学生は、「優」の数の多い学生から、@大学教授 A裁判官・弁護士 B官僚 C大企業 という図式が長い間続いており、ベンチャー起業家を目指す学生など皆無でした。
アメリカでは、官僚の多くは、民間企業で成功を収め、これからの余生は社会貢献をしようという人で、途中から官僚の世界に入ります。そして、一定の仕事をし終えたらまた去ってゆきます。日本のように、「定年まで官僚を続け、天下りで悠々自適の生活をしよう」などという不遜な官僚はいないのです。したがって、日本のような、「省益優先の縄張り争い」や「天下り先確保」などの問題は発生しません。
岡山で「大学発ベンチャー」育成を進める中で、一番の鍵を握るのは岡山大学と中国銀行です。私は、この二つに何度も足を運びましたが、当時は「大学発ベンチャー」に対して全く理解を示してくれませんでした。両方とも、きわめて保守的な組織で、「石橋を叩いても渡らない」、そんな印象がありました。
これはダメだと思い、仲間たちと一緒に自分たちで、異業種交流組織を立ち上げました。この組織は、ベンチャーを志す学生達を中心にして立ち上げた組織ですが、今では600名を超える会員を数え、有意義な活動を続けています。(私も政治とは関係なく、この組織の活動に参加しています。)
今回、岡山大学と中国銀行が、ようやく重い腰を上げてくれたことに大変期待しています。岡山県は、全国の同規模の県に比べて、多くの大学があります。そして中国・四国地方から優秀な学生が集まっています。ぜひ、この若い世代が岡山の経済を引っ張って行き、岡山の街を変えてもらいたいと思います。自分もそのお手伝いをできればと思っています。 |
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2005年3月7日(月)
今朝は、毎週月曜日に行っている「おはよう730」が明日に延期になったため、津村啓介さんと一緒にJR高島駅前で、チラシ配りをすることにしました。
朝6時半に津村事務所へ集合し、津村さんの国政報告「若い力」冊子版に、私のチラシを挟んで、二人で配りました。1時間半で430枚の配布。まずまずの数字です。
その後、二人で訪問活動。今日訪ねたのは、民主党支持者ではない方ですが、大変大きな影響力を持っておられる方です。津村さんとは、お互いが持つネットワークを相互に紹介しあい、つなげてゆこうと思っています。1〜5区の候補者は、皆それぞれ独自の濃いネットワークを持っています。同じように相互に紹介しあい、連携してゆけば、かなり民主党のウィングを広げることができると思っています。私がその橋渡しになれればと考えています。
午後4時から6時までは、5区総支部との打合せです。
5区は私と同じ時期の民主党候補者公募に応募し、合格した花咲ひろきさんが代表を務める選挙区です。活動を始めたのは昨年の10月からであり、まだ5ヶ月。試行錯誤の連続のようです。私にもいずれ来るであろう、悩みの数々は大変勉強になりました。
今日は、昼も夜も回転寿司を食べました。
昼は日赤病院近く(コジマ電機となり)の「おんまく寿司」、夜は岡山商工会議所向かいの「あっぱれすし丸」に行きました。
最近、回転寿司にはまっており、岡山にあるお店はだいたい回りました。私のお勧めはこの2店です。「あっぱれすし丸」は値段がやや高めですが味はイチオシです。「おんまく寿司」は100円と200円皿だけのリーズナブルなお値段ですが、なかなかの味です。東京にいる頃から、回転寿司にはまっており(東京ではここ2〜3年回転寿司ブームです)、いろいろなお店に通いましたが、岡山の回転寿司屋さんはレベルが高いと思います。
「あっぱれすし丸」は広島県福山が、「おんまく寿司」は愛媛県松山が本店だそうです。もちろん、岡山の「マリンポリス」も負けていません。東は大阪から、西は九州、果てはアメリカ合衆国まで150以上の店舗があります。ちなみに「マリンポリス」は回転寿司の特許を持っているとのこと。つまり回転寿司発祥の地は岡山ということになります。(藤原秘書談。ほんとかなあ??? ちなみに藤原秘書のお兄さんはアメリカに進出したマリンポリスを経営されているそうです。) |
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2005年3月6日(日)
今朝は5時半起床です。
6時過ぎに江田五月さん宅へ向かい、江田さんと一緒に玉野へ向かいました。民主党の友好議員である住吉良久県議の後援会が企画する「カニ食べ放題ツアー」の見送りです。バス2台で鳥取まで行き、カニを食べまくるそうです。住吉県議に「まだ席あるぞ」と言われ、思わず私もバスに乗りたくなりました。
7時半には「京橋朝市」へ。江田さんと一緒にお店を一軒一軒訪ね、私は自分のチラシを配って歩きました。江田さんと歩くと、みな「あっ、江田さんだ」と言って振り向いてくれます。おかげさまで、チラシも配りやすく、大勢の方に受け取ってもらうことができました。
10時からは、「連合岡山・2005春季生活闘争総決起集会」に参加いたしました。江田五月さんが民主党岡山県連を代表して来賓挨拶。いつも以上に熱のこもった挨拶で、政権交代の必要性を力強く訴えられました。
11時過ぎからは、若手勉強会「ももたろーど」が結成したフットサルチーム「ももっさる」に参加しました。フットサルとは少人数制のサッカーです。ゴールキーパー含めて7人が1チームで、サッカーボールも一回り小さいものを使用します。私は、こう見えても中学・高校とサッカー部に所属していました。(今はその面影もありません。柔道か相撲の間違いでは?とよく言われます。)久しぶりの運動でリフレッシュしました。これからは定期的に参加して、いい汗かきたいと思います。(ダイエットにもなりますし)
午後3時からは、「天満屋からこんにちは」(チラシ配り)を2時間ほど。
さすが日曜日の天満屋前は人通りが違います。いつも以上に気合が入りました。そして、またあらたにチラシ配りのコツを見つけました。それは「チラシを渡す前に深々とお辞儀をすること」です。深々とお辞儀されて、「こんにちは」と言われると、「受け取らないと悪い」ような気持ちになるのでしょう。受け取ってもらえる率がかなり高まります。きっと、受け取った方にも印象深く残るはずです。チラシ配り道も日々進化してゆきます。
午後5時からは、NPO法人「CAO(コンテンツ・アライアンス・おかやま」(詳細は1月23日「たかい日記」参照)の設立総会に参加しました。岡山を代表するコンテンツ系の若手が集まりました。彼・彼女らは、岡山の若者に大変影響力のある人たちです。映画ロケの誘致(フィルムコミッション)や、国際映画祭の開催、子どもの音楽・映像制作ワークショップ、など、さまざまな活動を計画しています。これからは、政治活動以外にも、こうした社会貢献活動にいろいろ関わってゆきたいと思います。何かいい会や活動を知っておられましたら、ぜひ教えてください。また、CAOに興味がある方もぜひご一報下さい。 |
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2005年3月5日(土)
本日は、3区担当秘書の清水秘書と、3区を訪ね歩きました。
午前中は、4月に市町村合併に伴い行われる真庭市議会議員選挙に立候補を予定している柿本湯原町議を訪ねました。
湯原町は有名な温泉街ですが、今日は温泉は無しです。
真庭市は真庭郡の9町村が合併してできる新しい市ですが、柿本町議は、その旧9町村から出馬される連合岡山推薦の町議さんが集まり、共同戦線を張る「ニューピオーネ」構想の発案者であり、また実行責任者でもある方です。江田五月議員はこの「ニューピオーネ」構想を支援しており、本日は江田事務所としてどのように応援したらよいかの相談です。
柿本町議は、地方自治に大変詳しい議員さんです。3時間近くお話を伺い、いろいろ勉強になりました。「地域主権の必要性」や「補助金行政の弊害」をよく理解されており、意見が合いました。頼もしい町議さんです。
午後は、3区の大票田津山市を訪ねました。
津山市を中心に、1市5郡という広大な土地を持つ「美作五月会」を取りまとめていただいている熱烈な江田支持者の方をお訪ねし、美作五月会の状況や、美作地区の選挙動向等についてお話を伺いました。美作地区は、複雑な歴史を抱えており、いろいろな人間関係など教えていただきました 。
夜は、岡山の大切な友人の誕生日会に出席しました。
この友人とは県庁時代からの付き合いですが、その人柄ゆえにとても人気があります。今日の誕生日会も大勢の仲間が集まり、夜が更けるまで語り合いました。この友人とはこれからも末永いお付き合いになると思います。私が岡山に戻るきっかけとなった「人」の一人です。これからも、どうぞよろしくお願いします。 |
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2005年3月4日(金)
本日、岡山市役所へ行き、本籍地を「岡山市山崎243番地」に移しました。
私は生まれが北海道函館です。父も母も函館出身・函館育ちですが、私は3歳までしか函館に住んでおりません。父が転勤族であったことから、その後は、東京・新潟・群馬など転々として歩きました。私のように転勤族のサラリーマンを親に持つがゆえに、いわゆる「ふるさと」のない人間は、一昔前に比べて格段に増えていると思います。
岡山へ戻ってきて、たまに言われるのが「落下傘」という言葉です。出身地以外で選挙に出る人を、皮肉を込めて言う言葉です。私のように生まれ育った「ふるさと」がない人間にとっては、どこから選挙に出ても「落下傘」候補です。私はそう呼ばれることに抵抗はありませんが、一つだけ、言われて許せない言葉があります。それは「政治家になるために岡山に来たのだろう」という言葉です。
私が岡山に帰ってきたのは、岡山が好きだからです。
「なぜ好きなのか?」、難しい質問です。人を本当に好きになった時に、「なぜ好きなのか」「どこが好きなのか」聞かれても答えられないのと同じで、うまく言葉では説明できません。あえて答えれば、岡山の「人」が好きだからです。
政治家になりたいだけならば、新潟や群馬の方が可能性は高いと思います。実際、民主党本部からもそのように勧められました。でも、私は岡山以外で政治家になるつもりはありません。岡山で生涯暮らすことが、私の人生にとって何よりも幸せだからです。私は、「ふるさと」が無かったおかげで、自分で「ふるさと」を決めることができました。私はとても幸せ者だと思います。
「岡山市山崎243番地」は江田五月さんのご自宅です。本籍を移すのは簡単な手続きでできますが、私はこの地を生涯の本籍とします。
100歳まで生きるとして、あと65年岡山に住むことになります。岡山へ戻ってからまだ2ヶ月。まだ、390分の1しか経っていません。人生は長いですね。あせらず、ひるまず、たゆまずに、頑張ります!
追伸:私の住むアパートの近くで、覚せい剤取締法違反の男が拳銃を持って逃走中とのこと。今日は、なんとなく家に帰りたくありません・・・ |
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2005年3月3日(木)
本日は、お昼休みの1時間、「天満屋からこんにちは」(他にいいネーミングが思いつかないので正式名称にします)を行いました。小雨の降る寒い日でしたが、今日も反応は上々でした。特に、ややご年配のおねえさま方から、民主党に対する熱い期待を感じます。
終わったあと、近くのとりそば「大田」(中国銀行本店向かい)でお昼を食べました。「大田」のとりそばは、県庁時代からの大好物で、あっさり系ラーメンでは、私のイチ押しです。ちなみに、もう一つのイチ押しあっさり系ラーメンは「辛遊亭」(天満屋裏・あくら通り沿い)のテールラーメンです。どちらも絶品です。ぜひ一度お試し下さい。
午後4時からは、民主党岡山県連と4区総支部との打合せ会です。今日を皮切りに、1週間かけて、県連の草苅幹事長、森本幹事長代行、姫井副幹事長と、1〜5区総支部代表(衆議院予定候補者)が、それぞれ個別に来るべき衆議院議員選挙に備えての体制作りについて話し合います。江田事務所からも、全県担当の私と各区の担当秘書が打合せに参加します。
民主党ブームの「風」に乗るだけの選挙ではなく、常時、政権担当能力のある政党として応援してもらえるよう、地域での地道な活動を重視した、足腰の強い地域組織を確立しようということで一致いたしました。候補者個人を応援してもらっている体制から、民主党という政権を担える政党を応援してもらえる、そういう体制をこれから1年間かけて作って行きたい思います。
夜は、県庁時代からの友人と「びっくりドンキー」で夕食をともにしました。普段、夜というと「飲みながら」が多いのですが、たまにはこういうアルコール抜きの会食もいいな、と思いました。友人が私の宛名書きを手伝ってくれることになりました。ボランティア第1号です。これからは皆さんのボランティアで選挙を闘って行かなければなりません。どうぞ、よろしくお願いします。
帰ってからはひたすらデスクワークです。まだ、挨拶状も全員に出しておりません。今日もそろそろ午前3時です。しばらくはこういう生活が続きそうです。(ずっとかな・・・) |
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2005年3月2日(水)
本日、12時からの連合岡山が主催する「岡山県議会選挙区割り見直し」要求の街頭宣伝活動に参加しました。
岡山駅ダイエー前に、1区代表の菅源太郎さん、4区代表の柚木みちよしさん、5区代表の花咲ひろきさんや、民主県民クラブの県議会議員さんらが集まり、大いに盛り上がりました。
次回の岡山県議会議員選挙は2年後の2007年です。
市町村合併は、今年の3月、4月がピークで、今年中にほぼ決着がつきます。ところが、岡山県議会は、2年後の選挙を現行の区割りのまま実施するというのです。このため、合併で同じ市や町になったのに、県議会選挙区は別という珍現象が起きるのです。例えば、加茂川町と賀陽町が合併した吉備中央町では、「御津郡」選挙区と「上房郡」選挙区の2名を選ぶことになります。また、御津町は岡山市となりますが、県議会議員選挙は依然として「御津郡」選挙区で投票することになり、「岡山市」選挙区の候補者を選ぶことができません。
こうした珍現象が起こるのは、現職の自民党県議会議員が、自らの選挙を有利に進めたいからなのですが、「市町村に対して合併を迫っておきながら、自分たちの選挙だけは現行のまま」などという民主主義に対する暴挙を許していいのでしょうか。いみじくも自民党県議団の大ボスであった故門木県議がおっしゃっていた言葉を思い出してほしいと思います。
「政治家は井戸を掘ってくれた人たちのおかげで、ただ井戸の水を飲み続ける存在なのだ。」と。
井戸を掘ってくれた有権者を無視し、ただ自分が政治家でありたいがために、地位に恋々とするこの態度は、政治家として最も許されない態度ではないでしょうか。
連合岡山という、政治とは関係の無い団体が、一市民として怒りの声を上げたことを重く受け止めるべきです。
民主県民クラブの県議団は、当然、この選挙区割りの条例案に反対いたしましたが、自民党の強行採決により決まってしまいました。このような恥ずべき条例を定めた都道府県は全国でも5道県のみです。お隣の広島県も香川県も、きちんと新しい市町村を選挙区とする改正を行っております。この条例は全国に岡山の恥をさらしていると言っても決して言い過ぎではないでしょう。一県民として岡山県議会に対し、猛省を促したいと思います。
この街宣活動が13時までだったので、その後1時間「天満屋からこんにちは(仮称)」を行いました。このHPを見て、昼休みに私のチラシを取りに来てくれた方(そんな人いないか・・・)すみませんでした。明日は必ず昼休みに配ります。
午後4時からは、NTTやその関連企業の労働組合で構成される情報労連の幹部が集まる会合に呼んでいただき、30分ほど講演させてもらいました。
私の前職が、総務省でNTT担当の課長補佐であったことから、「わが国のIT戦略とNTTへの期待」と題してお話をしました。総務省とNTTとの関係など、内輪話も含めて踏み込んだお話をいたしました。霞ヶ関を飛び出し、政治を志す私の役割は、霞ヶ関で働いているうちに気づき、感じた疑問点を率直にみなさんにお伝えし、それを変えて行くための方策をお示しすることです。
このような機会を設けていただけることはとてもありがたいことであり、呼んで頂けるなら、たとえ1人でも2人でも、どんな会でもお話させていただきます。その後の懇親会にも参加させていただき、皆さんと有意義に語り合うことができました。
この日記をご覧になった皆さんで、高井の話を聞いてみたい、という方はぜひご一報下さい。いつでも駆けつけます! |
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2005年3月1日(火)
本日、「岡山リーガルクリニックいちょう並木法律事務所」の開所式に、江田五月議員の代理として出席いたしました。
わざわざ代理出席するような開所式なのかなあ・・・なんて思いながら、岡山大学にある会場に到着すると、会場を弁護士さんやマスコミが埋め尽くしていました。江田五月会会長の河原弁護士や、岡山弁護士会会長の河田弁護士、岡山大学からは河野学長や谷法学部長などお歴々が出席しており、驚きました。一番驚いたのは、東京にいるはずの津村啓介さんが出席し、来賓挨拶をされたことです。津村さんは、急遽国会日程が空いたため、これに出るためだけに帰った来たとのこと。いつもながらの嗅覚の鋭さと、熱意に頭が下がります。
祝電披露では、唯一江田五月議員からのメッセージが紹介されました。元総理や現職大臣、県知事や自民党参議院幹事長からもメッセージが来ていたのに、江田議員のみ紹介されたことは快挙です!岡山の法曹界における江田五月さんの存在感を改めて感じました。
「クリニック」というと、歯医者さんか何かと勘違いしそうですが、「クリニック」とは「実際の事件を通した実務研修」の意味だそうです。
昨年からスタートした岡山大学法科大学院の学生たちに、座学だけでなく、実際の事件を担当させ勉強させようという事務所なのです。このような取り組みは、国公立・私立大学問わず全国に例が無いそうで、大勢のマスコミが取材に来ておりました。
法科大学院は司法試験に7〜8割の学生が受かるとの謳い文句でスタートしましたが、昨日発表された法務省方針では、5割程度しか受からないとのこと。今後は、全国の大学の法科大学院同士の厳しい競争が始まります。岡山の知の拠点である岡山大学には是非とも頑張ってもらいたいと思います。
事務所設立の趣旨説明で聞いた、「依頼人の苦しみや悲しみを共有することにより、豊かな人権感覚を育てることを目的とする」にはとても共感できます。そういう裁判官や、検察官、弁護士がぜひ増えてくれることを期待しています。

開所式の後に懇親会もあり、13時まで続いたので、今週のお約束「天満屋からこんにちは(仮称)」は13時半からスタートしました。ちょうど津村さんも新幹線に乗るまでの間、街頭演説する予定だったそうなので、またまたジョイントいたしました。チラシを配る私を津村さんが応援演説してくださるスタイルです。
私のチラシを津村事務所の根木秘書も一緒になって配ってくれました。根木秘書は、津村さんの突然の日程変更などにすばやく対応できるとても優秀な秘書です。これからは、津村事務所とはいろいろと連携して行かなければなりません。津村事務所には、根木秘書のほか、増田秘書、田中秘書、田口秘書という、仕事に厳しい津村さんの要求に応えることができる優秀な若者が揃っています。これからもお世話になります。 |
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