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2005年2月28日
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本日朝は月曜日恒例の「おはよう730」です。
そのまま勢いにのって、お昼に「天満屋からこんにちは(仮称)」も実施いたしました。
今週一週間は、お昼休みの時間帯、天満屋前でチラシ配りをしようと思います。
お昼休みはランチに外に出る方が多いことと、秘書という身分の今は、自分のPR活動はなるべく勤務時間外にやろうという思いからです。(もちろん、チラシ配りは私のPRであると同時に、民主党のPRになるので、勤務時間内でもいいのですが・・・)
平日昼間の人通りは、チラシを渡すにちょうどよい人通りで、今日も快調でした。お昼を食べに来る県庁マンをはじめ、多くの知り合いに会いました。最近は恥ずかしさよりも、嬉しさのほうが勝っていて、楽しいです。
午後は支持者の方を回りました。
最近良く出る話題は、「ライブドアVSフジテレビ」についてです。政財界も巻き込んだ一大論争になっており、このHPの掲示板にも、私の意見を問われましたので、ここで私の考えを述べておきたいと思います。
「ほりえもん」こと堀江社長のことは、彼を知るITベンチャーの知人からもいい噂は聞かないので、個人的にはあまり好きになれませんが、彼のやっていることは、プロ野球参入の時から、とても共感しています。既得権にしがみつき、暴利をむさぼる人たちを相手に、多少の商慣習は犯しているのかもしれませんが、法律に触れるわけでもなく、正々堂々闘っていると思います。
法律に書いていなくとも、一般常識は守らなければなりませんが、今回の「時間外取引」はあくまでも商慣習のレベルであって、一般常識ではありません。ルールとして定まっていない以上、何も問題ありません。その取引がおかしいと言うのであれば、政治家はそういうルールを作っていなかったことをむしろ恥じるべきであり、偉そうに彼を批判する神経が知れません。
このような例は実は結構たくさんあります。
一般常識で考えてみて、どう考えてもおかしいという法律が結構ある(特に古い法律)のですが、法律改正というのはものすごい労力が要ります。数名のスタッフがチームを作り、通称「たこ部屋」と呼ばれる専用の個室にこもって、半年間、昼夜を問わず、土日・正月を返上で働いて、ようやく法案を提出できます。法律をむやみやたらに変更できることも問題とは思いますが、もう少し何とかならないかと思います。
また、国会で法案を提出できる時期は、毎年春と決まっており、1年に1回しか法律改正の機会はありません(特別に重要な法律は別ですが)。それも、毎年多くの法律改正が集中するため、内閣から国会に提出する法律の数を減らせと言われます。仕方なく、省内で出す法律を厳選するわけですが、本当に必要な法律改正でも、あまり目立たない地味な法律であったり、自民党の族議員の利益や省益に関係ない法律だったりすると、いつも後回しになります。こんなことを繰り返すうちに、真面目な役人はやる気を失い、今の法律の枠内でしか考えることができなくなります。その結果、お役所の論理といわれるような、世間の考え方とはかけ離れた思考回路になるのです。
お隣り韓国では、一年中国会が開かれており、いつでも法律改正ができるそうです。わが国も見習わなければならないと思いますが、あまりこういう主張をする人が少ないです。なぜでしょうか。
さて、話が脱線しましたが、ライブドアについてです。
総務大臣の鶴の一声で、放送法が改正されるようです。今の放送法では、外国資本に放送の免許を与えることはできないのですが、それをさらに強化し、リーマンブラザーズ(外国資本)が大株主のライブドアにも免許を与えないようにしようとしています(間接出資の外資規制)。
これこそ、まさに後出しの規制であり、「100m走だと思って走っていたら、途中から400m走に変更になった」という表現がぴったりのひどい話だと思います。
また、そもそもテレビの外資規制が本当に必要でしょうか。フジテレビをディズニーが買収して日本国民は困るでしょうか。アメリカやディズニーが嫌いなら見なければいいだけのことです。確かに全てのテレビ局が外国に買収されたら困るでしょうが、そのような事態は別の方法で防げばよいのです(現在でも外国為替法で規制することは可能です)。
自由主義経済なのですから、政府はあまり神経質にならないことです。万が一のことばかり考えていては、自由な活力が削がれます。もっと大事な分野で万が一の事態はすでに起こっています(国家財政の破綻、年金の破綻、少子高齢化、環境問題etc)。そういうことには危機感を持たないくせに、つまらないことで規制強化するのはやめてもらいたいと思います。
そういう意味からも、私はライブドアを応援します。(繰り返しますが、「ほりえもん」は好きではありません。悪しからず。) |
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2005年2月27日
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本日は、3区総支部の定期大会に出席しました。
大会終了後、民主党本部から、菅直人ネクスト国土交通大臣、鮫島宗明ネクスト農林水産大臣を迎えて、「農林漁業から国を再生」と題するシンポジウムを開催いたしました。
日本の食料自給率は40%です。先進7カ国のうち、イギリスの60%を除けば、皆90%台後半から140%近くの自給率です。イギリスは、40年前までは40%だったのですが、今は60%です。逆に、日本は40年前60%だったのが今40%まで落ち込んでいます。
民主党は食料自給率を高めるために種々の政策を提案しています。
その中でも目玉は「直接支払い制度」です。
「直接支払い制度」とは、これまでの補助金行政(価格支持や施設整備を対象とした補助金)を改め、米・麦・大豆・菜種等を生産する農家に直接お金を支払う制度です。日本の農家の大半は、麦・大豆・菜種等は儲からないため生産しないのですが、この制度を導入すれば、生産する農家も増えるはずです。
「また民主党は調子のいいこと言って。お金はどうするんだ?」と思われるかもしれません。この制度を実施するには、1兆円の予算が必要です。しかし、現在農林水産事業の予算は3兆円あります。財務省はこの予算を施設整備等にしか認めてくれません。その結果、いらない農道を作ったり、光ファイバを引いたり、漁港に橋をかけたりしているのです。これらの無駄な予算を削れば1兆円の捻出は十分可能です。諫早湾干拓事業だけで2000億円も使っているのですから。これからは、こういう予算の使い方の大きな転換をしない限り、国の財政も再建できませんし、思い切った政策もできません。既存の予算の仕組みの恩恵を受ける自民党では、逆立ちしたってこういう改革はできないのです。
さらに、民主党のもう一つの農林漁業政策の柱は「バイオマス」です。
「バイオマス」とは、石油や石炭といった化石燃料でなく、動植物からエネルギーを生み出す方策です。石油や石炭はエネルギーに変えるときにはCO2(二酸化炭素)が排出されますが、「バイオマス」は、CO2を吸収する植物が原料ですから、CO2は増えません。「バイオマス」の推進は、農林漁業の振興と、環境問題対策の両方にとって効果のある、まさに一石二鳥の施策なのです。
私の父は林野庁(営林署)に勤めておりましたので、この「バイオマス」には早くから目を付けていて、いつも口癖のように語っていましたが、現在の政府の下では未だに実現していません。こうした政策も政権交代という大きな変革が起こらない限り実現できないのです。
午後5時からは、大亀幸雄さん、中谷知弘さん、上岡正巳さんの喜寿を祝う会に出席いたしました。
大亀さんは、江田五月さんのお父さん江田三郎(元社会党書記長)さんの時代から秘書を務めた方で、親子二代の江田事務所の大番頭だった方です。現在は引退されておられますが、未だにその影響力はすごく、私も総務省を退職する前に、2回ほどご自宅にお邪魔し、いろいろとアドバイスを頂きました。
3人の人柄を慕って、総勢80名が集まる盛大な会でした。出席者は江田五月会の重鎮の方々ばかりだったので、私も必死になってお酒をついで回りました。
後半はカラオケ大会となり、長淵剛の「乾杯」を歌おうと思っていたのですが、一足先に津村啓介さんに取られてしまったので、鳥羽一郎の「兄弟舟」を歌いました。
盛大な祝賀会を企画していただいた富山五月会のみなさん、特に代表幹事の小橋一郎さん、本当にお疲れ様でした。ありがとうございました。 |
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2005年2月26日
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本日も、小林秘書、藤原秘書とともに1区の支持者を訪問して回りました。
途中、御津町の支持者の方のお宅に立ち寄りました。
御津町は現在、産業廃棄物処理場の建設準備が進められています。この支持者の方は産業廃棄物処理場建設反対の運動をされている方です。
ものを造れば必ず廃棄物(ゴミ)が出ます。これは避けられない事実です。しかし、これをリサイクルし、処理場へ持ち込むゴミを減らすことは可能です。一人一人のほんのちょっとした努力で可能です。一人一人の努力を合わせることにより、とてつもない大きな力になります。国全体で見れば、何兆円と予算をつぎ込むことに匹敵する大きな力となります。
私がかつて暮らしていたドイツでは、スーパーに買い物に行く時には、買い物かごを持参で行くのが常識です。買い物かごを忘れた人にだけ、有料でビニール袋を売ってくれます。しかも、お金を払っているのに、お店の人には、「忘れたのかよ」と冷たい目で見られます。また、缶ジュースやペットボトルはデポジット制です。100円のジュースは200円で売られており、空き缶やペットボトルをお店に返却すると100円帰ってくる仕組みです。
私はドイツが特別かと思っていたのですが、ヨーロッパではそれが当たり前のようです。また、大量消費国・環境破壊国の代表格アメリカですら、ペットボトルのデポジット制は実施されているそうです。
京都議定書の推進など、環境問題先進国をめざす日本が、ゴミのリサイクルでは、実は一番遅れているという現実を皆さんはご存知でしょうか?
こういう制度の創設、認知、そして国民の皆さんへ理解を求める仕事こそ、国の仕事です。どこに橋をかけるとか、病院をつくるとかは、地方が自分達で決めればいいのです。でも、こういう制度は、地方が独自ではじめてもきっと定着しないでしょう。住民は、なぜ自分たちだけがそんな不便なことをしなければならないのか、と憤慨するでしょう。他の町に移住する人も出るかもしれません。こういう制度は、国民全体のコンセンサスを得て、国一律で実施すべき仕事です。
環境問題はきれい事ではありません。この地球上に人類をはじめとするあらゆる生物が生き残れるか否かの、生物全体の存亡を賭けた真剣勝負です。ここまで地球を汚染してきた人類の責任は重いのです。一人の人間として、こうした意識を常に持ち、取り組んでゆきたいと思います。
夜は、県庁時代からメンバーに入っている若手勉強会「ももたろーど」に参加しました。20代、30代の若者30名が集まり、深夜まで盛り上がりました。いろいろな仕事を持った若い人たちの集まりは大いに刺激になります。明日からまた新たな気持ちで仕事に望めます!若い世代で岡山を変えてゆきましょう!! |
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2005年2月25日
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本日は朝から午後3時まで、小林秘書から藤原秘書への引継ぎ挨拶回りに便乗して、1区内の支持者宅を訪問して回りました。
午後3時からは、日本郵政公社労働組合(JPU)の勉強会に呼んでいただきました。中国地方本部の浦上執行委員長はじめ、岡山県内の各支部長さんが参加した勉強会は中身の濃いものになりました。
話題の中心はやはり「郵政民営化」問題です。
私は持論である「小泉さんの郵政民営化は反対である」旨をお話しました。私が反対する理由は、「民営化」の是非よりも、小泉首相のやり方・考え方が、政治家が政策を実行するにあたり一番大事な「理念」が無く、「筋」が通っていない点です。詳しくは1月22日、2月15日の日記に書いておりますので、ここでは繰り返しませんが、真面目に働く多くの郵便局員を何百人も知っているだけに、「筋」の通らない郵政民営化は断じて許すわけにはいきません。
民主党の対応にも不満があります。普段、小泉改革をストレートに批判し、きちんとした対案を示している民主党が、この問題には中途半端な対応を続けています。「民営化」という、ある意味「リベラルの象徴」「錦の御旗」に反対することは、国民の皆さんから後ろ向きと思われる恐れがある、そういう気持ちもわからないではないです。しかし、政策の判断基準は、あくまでも「筋」が通っているか否かです。世論の動向がどうか、イメージが悪くなるのではないか、などを恐れて「筋」を曲げることは、許されません。長期的に見れば、こういう対応こそイメージダウンにつながるでしょう。「正しいことは正しい」「間違いは間違い」と主張できることが民主党の良さでありますし、この問題についても、そういう態度を貫いてほしいと思っています。
日本郵政公社の労働組合の皆さんは、本当に真摯に、郵政事業のあり方を考えておられます。自分たちさえ良ければ、というような利己的な考え方は微塵も感じません。6年前に新潟の長岡郵便局で勤めたときも、同じように感じましたが、今また労働組合の皆さんと胸襟を開いてお話でき、当時の感動が甦ってきました。これからまたこういう対話を重ねてゆけることは、何よりの喜びであり、また人生の楽しみでもあります。政治家を目指して本当に良かった、そう思える一日でした。 |
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2005年2月24日
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本日、某町議会議員選挙の応援に行ってまいりました。
選挙の応援でマイクを持つのは生まれてはじめてです。選挙をしてこその政治家であり、今日は政治家としての第一歩を踏み出した記念すべき日かもしれません。
岡山市の羽場頼三郎市議や横田悦子市議が大変懇意にされている市民派の町議さんなので、個人的に応援に行ってまいりました。県庁時代から名前をよく知る町議さんなので、思う存分、県庁時代の話をし、「岡山県下全域に名を轟かせる市民派の町議さん」である旨PRしてまいりました。選挙応援も、これからどんどん経験を積んでレベルアップしてゆこうと思います。初体験なのに、マイクを持たせてくれたA町議さん、ありがとうございました。
夜は、県庁時代の直属の上司、新免國夫さんの退職送別会に呼んでいただきました。新免さんは来月、33年間勤めた県庁を退職されますが、その県庁人生の大半(20数年間)を情報政策に尽くした、まさに岡山の「ミスターIT」です。岡山県は、知る人ぞ知るIT先進県なのです。ほんの一例ですが、岡山県が整備した光ファイバーの総延長は123,500kmにも及び、2位の岐阜県の85,000kmを大きく引き離して全国1位。全国の光ファイバーの1割を岡山県が整備しているのです。その先駆けとなった「岡山情報ハイウェイ」構想を中心となって進めたのが、現在、国土交通省で室長(課長級)をされている藤井健さんと、新免國夫さんなのです。県庁時代の3年間、新免さんには本当にお世話になりました。最後に次のような挨拶をさせていただき、感謝の気持ちを述べました。なぜか、知らず知らずのうちに涙があふれてきてしまいました。
「新免さんには、常に私をフォローしていただきました。本当は、上司である新免さんに表舞台に立っていただき、私が裏方に回らないといけないところを、新免さんは影で、難しい根回しや地味な仕事をしてくださり、いつも私に華を持たせてくれました。おかげで、私はいつも思う存分楽しく仕事ができました。私は岡山が大好きになり、岡山に戻ってきたわけですが、岡山県庁での仕事がつまらなかったら、総務省も辞めず、岡山にも戻ってこなかったでしょう。今ここに私がいるのは、新免さんが居ればこそです。本当に感謝の言葉もありません。ありがとうございました。そして33年間お疲れさまでした。」
そして、新免さんから、次のような返礼の言葉を頂きました。もう涙がとまらなくなりました。
「高井君は、僕が居てやりにくい面もたくさんあったと思う。本当によく頑張ってくれた。そして何より、こうして岡山を愛し、戻ってきてくれた。こんな嬉しいことないじゃないか。みんな、高井君を応援しよう。頼むぞ!」 |
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2005年2月23日
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県庁時代の友人で、医療系専門学校で講師をしている方から、特別授業をしてみないかと誘われました。授業内容は、ずばり「日本の病気」。普段、人間の病気について学ぶ10代後半から20代前半の若者約100名に、今、日本がかかっている病について話をするという、願ってもない機会です。喜んですぐに引き受けましたが、いざ話をするとなると悩みます。一番話をしたいのは、「中央集権国家の弊害」とか、「770兆円の借金」なのですが、若い人たちにうけるとはとても思えません。まずは、
・ 奈良の幼女誘拐殺人事件や大阪の教師殺害事件
・ 女性アイドル万引き話放送事件
・ 自殺者数の激増(10年前は交通事故死者数と同数が今は4倍)
など、興味をひきそうな話をし、最後に、
・ 一人当たり600万円以上の借金があり、このまま放置すれば、消費税50%にでもするか、預金封鎖でもしない限り返せない借金であること
・ 中央政府がいかに予算の無駄使いをしているか、そしてこの無駄使いをやめさせる特効薬が、地方への税財源と権限の移譲すなわち「地域主権」の実現であること
を話しました。
学生の反応は思った以上に良かったです。質問の時間を設けると、5〜6人が質問してくれました。
・ 国が借金を返せないとどうなるんですか?
・ 国は自己破産できるのですか?
・ 超エリートを育て、もっと中央集権を徹底した方がいいのでは?
・ 市町村合併はどう思いますか?
・ 郵政民営化って何ですか?
等々。いざ聞かれると、「うっ」となる質問が多かったのですが、何とか答えました。
「借金が返せないと、国の信用がなくなり、国債が暴落します。その結果、金利は上昇し、インフレーションすなわち物価が急上昇します。不況下のインフレは生活苦を招き、やがて暴動が起きるでしょう。」
「自己破産は、個人の破産を社会が認めてあげるから可能な制度であり、国が自己破産するためには国際社会に認めてもらわないといけません。日本のような大国の自己破産は国際社会が認めてくれないでしょう。」
そんな回答をしました。でも学生のシンプルな質問にシンプルに答えたとは言えません。政治家がもっとも大事にすべきは、シンプルな説明です。わかりやすい言葉で、誰もがわかるように説明することです。これからもっともっと勉強し、1年後には、数段レベルの高い授業をすることを学生たちに約束して、本日の講義は終わりました。
夜は、新幹線で大阪へ行ってきました。昨年12月末に岡山へ来て以来、約二ヶ月ぶりに岡山を離れます。久しぶりに、総務省のかつての上司、中村伊知哉さんとお会いしました。中村さんは、IT業界、特にコンテンツ業界では知らない人はいないという有名人です。学生時代は「少年ナイフ」というバンドのプロデュースをされ、郵政省(現総務省)入省後も、さまざまな斬新な政策を打ち出し、霞ヶ関では有名な異色官僚でした。ちょうど私が中村さんの直属の部下だった時に中村さんが総務省を辞められたので、それ以降、お付き合いが続いています。辞められた後も、マサチューセッツ工科大学客員教授、スタンフォード日本センター所長、国際IT財団専務理事等を務められています。特に、子どもたちにワークショップを通じて、創造と表現の場を提供することを目的としたNPO「CANVAS」の活動は、世界中からも注目されています。私もそのフェローの一員に加えてもらっています。
その中村さんが、今度は「地域情報化」の取り組みを始めたいということで、お話を伺いに参りました。私の元職は県庁の情報政策課長であり、全国の地方自治体の情報政策課長と知り合うことができました。その関係を活かして、何かお役に立てれば嬉しい限りです。私にとって、地域情報化はライフワークだと思っており、総務省を辞めた今後も活動を続けてゆこうと思っています。 |
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2005年2月22日
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本日は、午前中が江田五月事務所事務局会議。
お昼からは、2区担当の清水秘書が3区担当に替わり、替わって藤原秘書が担当するので、その引継ぎご挨拶に便乗して、挨拶回りをしました。
お昼に食べた「みよしラーメン」はすっきり系しょうゆ味で、うわさ通りのおいしさでした。
午後3時からは、連合岡山・岡山地域協議会総会に江田五月参議院議員の代理で出席。
その後、衆議院1区予定候補の菅源太郎さんと打合せ。
夕食は、江田事務所近くの「匠らーめん」。濃厚なこってり味で、最近やみつきです。
今晩は休肝日です。溜まっているデスクワークをこなしました。 |
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2005年2月21日
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本日は、月曜日恒例の「おはよう730」でスタートです。
激寒の中、高島屋の前でチラシ配りをしました。チラシを配る手がかじかんで思うように動きません。大きな声を出せば体も暖まるかなと思い、いつもの二倍の大きな声で、「おはようございます!民主党です!!」と言ってチラシを配りました。「大きな声」は効果抜群で、受け取ってもらえる率がかなり高まりました。チラシを受け取ってもらえるか、もらえないかは、相手の微妙な心理状態で決まります。人通りが続くところでは、最初の一人が受け取ってくれないと、続く人たちは皆受け取ってくれません。まばらに歩いている人に、しっかり挨拶して目を見て渡すとまず受け取ってもらえます。声のかけ方も同じで、大きな声で元気よく微笑んで渡すと、朝早く眠そうに歩いている方でも、受け取ってくれます。本当にこのチラシ配りは奥が深いです。「チラシ配り道」を極めようかなと思う今日この頃です(笑)。
昼からは、佐伯町議会議員選挙が明日から始まるので、候補者の方々を激励に回りました。佐伯町は、和気町との合併の是非を巡り、首長・議会のダブルリコール(解職、解散)が成立しました。「平成の大合併」では全国初の事例のため、全国的にも注目される選挙です。各議員さんとも、突然の選挙戦突入に、準備に大わらわです。
夕方は、民主党岡山県連の草苅幹事長、森本幹事長代行、小笠原常任幹事と打合せ。
夜は、異業種交流会へ参加しました。
県庁時代に参加したことがある会で、1年以上ぶりの参加です。若いメンバーが多く、また文字通りさまざまな業種の方々が集まり、有意義な時間をすごすことができました。新たな人脈、ネットワークを作ることが今の私の最大の使命です。
その後、県庁時代から懇意にしている先輩と二人で、さらに一杯。政治にも大変詳しい先輩で、私の今後の活動について多くのアドバイスを頂きました。私も、これからの進路選択に一抹の不安があったのですが、先輩からはとても自信となる言葉をもらいました。先輩の言葉にはかなり信憑性があり、とても勇気づけられました。最後は若手活動家M氏も加わり、大いに語り合いました。 |
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2005年2月20日
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本日は、総社市長選挙に出馬される現職竹内洋二市長の事務所開きの日です。
衆議院5区予定候補者の花咲ひろきさんが、竹内市長を応援しており、駐車場係りをかって出たとの事。私も手伝いに参りました。
朝から底冷えのする劇寒の日でしたが、大勢の方が詰めかけ、余裕をもって集めた駐車場もすぐに満車。大忙しの駐車場係りでした。
事務所開きの会場は立ち見でも入りきらないほどの盛況で、収容人数1000人の市民会館に2000人を遥かに超える支持者の方が詰め掛けました。竹内市長の人気の高さがうかがえます。
午後は、デスクワークや会議への出席など。
夜は、江田五月さんとともに、各種資格試験に合格された皆さんの祝賀会に出席いたしました。
公務員試験合格者もたくさんいて、私も「合格体験記」書いたことあるんです!という話をしたところ、大いに盛り上がりました。
「自分は公務員を辞めて政治の世界に飛び出してしまったけれども、皆さんは、中から行政改革を進めてください」というお願いをしました。思い返せば、私も大学在学中に、理想に燃えて、一生懸命勉強し、試験を受け、そして国家公務員となりました。しかし、1年2年と年数を重ねるうちに、知らず知らずのうちに役所の論理に染まってゆくようになりました。新人君が入ってくると、「役所ではそんな論理は通用しないぞ」などと怒ったこともありました。でも一方で、「本当は彼らの考え方のほうが国民の皆さんの考え方に近いんだよな。いつから俺もこうなってしまったんだろう・・・」とずっと思っていました。これから公務員になる皆さんも、是非最初の初々しさを忘れず、「初心忘るべからず」で頑張って欲しいと思います。 |
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2005年2月18日
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本日は、午後2時から6時まで秘書団研修会を行いました。
森本てつま事務長から、
・ 政権交代のためにはここ1年間が勝負の年であること
・ そのためには、足腰の強い党組織を確立すること(風頼みの選挙ではだめ)
・ 個人の応援団ではなく、民主党の応援団を作ること
・ そのために、江田事務所が中心的役割を果たしてゆくこと
を厳しく厳命されました。
また、退職する秘書と私を含め新たに入る秘書がいるため、大幅な担務変更もあります。皆、新たな任務を得て、心機一転頑張ってまいります。
午後5時過ぎには、帰岡した江田五月さんも加わり、決意表明をしていただきました。特に、政権交代を目指すためには、今後行われる地方選挙に積極的に関わってゆこうという話がありました。
その後、京子夫人も加わり、江田事務所メンバー全員で懇親会。
「連」という若いオーナーさんのお店ですが、懐石風の和食料理でお勧めできるお店です。雰囲気もよく、また行こうと思います。
更に、江田洋一さん、小林孝徳さん、藤原薫子さんとカラオケへ。藤原さんのカラオケは超一級。私もカラオケ人生かれこれ20年になりますが、これほどうまい人は見たことがありません(誉めすぎかな・・・)。
後半はカラオケそっちのけで、「政治家とは」「秘書とは」について熱く語りました。江田洋一さんは、東京事務所に勤務する政策秘書です(江田五月さんと同姓ですが、たまたまで何の姻戚関係はありません)。江田事務所の大番頭で、参議院議員会長の秘書として、民主党本部での信頼も厚い方です。洋一さんには、東京に住の頃から、政治のイロハを教えていただきました。政治だけでなく、大変なグルメなので、いろいろなお店(夜のお店を含めて)を教えていただきました。これからも両方教えていただこうと思います。 |
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2005年2月17日
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本日は、朝7時半から8時半まで1時間、県庁前でチラシ配りをしました。
県庁前で一人でチラシを配るの初めてです。知っている人がほとんどで、気恥ずかしい面もありましたが、受け取ってもらえる率はきわめて高いです。私の目指す政策「地域主権」は、県庁の人なら誰でも望む改革だと思います。これからも県庁や市町村役場の人に訴えてゆきたいと思います。
事務所へ戻り、溜っているデスクワーク(「五月会だより」の編集、「江田代表質問会議録」の作成など)をこなしていると、あっという間にお昼です。
午後は、挨拶回りに出ようと思っていたところ、森本てつま県議会議員から呼び出しの電話がありました。
森本てつまさんは、NTT労組出身で、若い頃から組合運動を続けてこられ、連合岡山の初代会長を務めた方です。江田五月参議院議員の選挙を昔から取り仕切ってこられ、現在は江田五月事務所の事務長、すなわち私の上司になります。
森本てつまさんに呼ばれたら行かないわけにはいきません。
森本事務所はいつも千客万来です。2区の支持者の方々にお会いしようと思えば、森本事務所に行くのが一番です。本日も何人かの方にご挨拶ができました。
呼ばれたのは、3月から4月にかけて目白押しの、市町村合併に伴う首長・市町村議会議員選挙の相談です。民主党は地方組織が弱いことが欠点であり、ここに力を入れてゆかなければなりません。森本てつまさんは地方組織拡大のための中心人物であり、私もその手伝いをしてゆきます。
夜は、県庁時代の3年間、特に仲良くしていた3人と飲み会です。
夕方6時から飲み始めて、同じ店(ぼくでん)で7時間、午前1時まで飲み続けました。韓国のお酒「マッコリ」が何本開いたでしょうか。店で品切れになるまで飲みました。
3人の方は、本当に親身になって応援してくれる方です。私のこれからの政治活動、特にお金の面の心配を我がことのように心配してくれました。「お金のかからない選挙」、これが私の目指す選挙です。そのためにあの手この手で工夫してゆこうと思っています。でも、どうしても必要なお金もあります(ポスターやチラシ、名刺づくり、事務所賃貸や秘書の雇用等々)。これからこういうお金をどう工面してゆくのかは、私が背負わなければならない大きな課題です。
3人の皆さん、本当にありがとうございました。心から楽しい飲み会でした。岡山に帰ってきて本当に良かったと思える一時でした。 |
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2005年2月16日
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本日、故門木和郎元県議会議長の合同葬に参列してまいりました。
故門木県議は、35歳の時に県議会議員に初当選されて以来、連続10期38年間県議会議員を務めた岡山県自民党の重鎮です。その影響力は大変なもので、本日の合同葬もホテルの2フロアを埋め尽くす参列者でありました。
故門木県議とは、県庁時代の3年間、同じ総務委員会でご一緒でした。
重鎮らしく、いつも皆の議論を黙って聞いておられましたが、ここぞと言うときにはゆっくりとした口調で重みのある発言をされる方でした。私も何度か厳しい質問を受け、お答えしたことがあります。
私が岡山へ戻ってきた時には、既に病に伏されておりましたので、ご挨拶をすることができませんでした。「立場こそ違いますが、岡山が好きで、岡山のために戻ってきました。」とご挨拶申しあげれば、きっと、「よお戻ってきた。県民のために頑張れ。」と声をかけてくれたことと思います。
弔辞の中で、故門木県議が、かつて参議院選挙で自民党の公認まで得ながら辞退した時の話が出ました。故門木県議は、「自分の支持者が皆『遠くへ行ってしまうのか』と反対するのです」と涙ながらに辞退する旨を伝えたそうです。
自分のやりたいことを押し通す政治家が多い中で、支持者の気持ちを最も大事にする故門木県議の政治姿勢には、党派を超えて、感銘いたしました。
故門木県議の生前の言葉に「中国の諺では、『井戸の水を飲む者は、井戸を掘った人のことを思い浮かべながら飲まなければならない』といいます。私は、井戸を掘ってくれた大勢の皆さんのおかげで、井戸の水を飲み続けている男です。感謝の言葉もありません。」という言葉が紹介されました。
いい言葉だなあ、と思いました。私もそういう気持ちを決して忘れずに、これからの政治人生を歩んでまいります。 |
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2005年2月15日
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本日は、朝9時から毎週火曜日定例の事務局会議です。
普段、担当地区を廻り、一堂に会することが少ない江田事務所メンバーが、週に一回集まり、江田議員の日程確認や意識統一を図る会議です。
今日は、いつもの会議終了後、秘書団のみが残り、新たな「民主党党勢拡大(地域活動家発掘)プロジェクトチーム」の立ち上げを行いました。不肖私がリーダーを務めます。民主党を支持してくれる新たな地域活動家を発掘し、ネットワークを広げてゆくためのプロジェクトです。各区担当秘書の協力なしにはなし得ないプロジェクトであり、一致団結して取り組んでゆくことを確認いたしました。まずは、地域活動家のリストアップから始めます。
午後は、2区担当の清水秘書と一緒に、支持者の方への挨拶回りを行いました。
このホームページを見てメールを頂き、いろいろな政策面のアドバイスを頂いている方に初めてお会いすることができました。この方は、憲法や行政法を専門にされており、いつもレベルの高い提言をして下さいます。
今日は「郵政民営化」についての議論となりました。「郵政民営化の問題点」を自分なりに説明したつもりでしたが、どうもうまく説明できませんでした。
帰る道々、どうしたらうまく伝えられるだろうと思い悩みながら事務所へ帰ってみると、塩爺こと塩川元財務大臣が「郵政民営化の必要性」について語った記事を見つけました。「なるほどわかりやすい説明だ」と思うと同時に、「ああ、こう言えば郵政民営化の問題点もわかりやすいかも」と思いましたので、ご紹介します。
塩爺さん曰く、
「郵政民営化の最大の目的は、郵便貯金と簡易保険のお金の問題にあります。このお金が両方あわせて340兆円ある。340兆円と言いましたら、東京三菱、みずほ、三井住友、UFJの4つの銀行を合わせた額より多い。今は、これだけのお金が民間に流れずに、政府が使ってしまう。こう決めちゃったもんだから、ずーっとそのまま、来ておる。財務省に、資金運用部というところがあり、その部長が、道路公団にいくら、住宅公団にいくら、と配当しておる。だから貰ったところは、それ使わなあかんと思って一生懸命使う。効率なんか考えない。だから、儲かりもせんようなでっかい保養施設なんか作って、すごい赤字を出してる。こうしたことをなくすことが、郵政民営化の最大の目的なんです。」
確かにおっしゃるとおりです。340兆円という巨大な金額が道路公団や住宅公団といった非効率な特殊法人に流れるために、無駄が発生している。特殊法人は赤字でも潰れませんから、いつまでたっても借金を続ける。この340兆円の資金を民間に回せば、特殊法人の無駄は無くなり、もっといいお金の使い方ができるはずです。
でも、待ってください。これは郵政民営化とは何も関係ないんです。塩爺さんが言っているように「こう決めちゃった」だけで、このルールを変えればいいのです。つまり、郵便局が集めたお金は、財務省に預けるのではなく民間で運用する。そういうルールにすればいいのです。財務省に預けるから、道路公団や住宅公団に使われるのです。
これがいわゆる「出口の改革」です。「出口の改革」が一番大事なのに、財務省のいいなりの小泉総理は、「入口」を壊そうとしているのです。でも、「入口」である郵便局は一生懸命に頑張っています。国民の皆さんからの評価も高いんです。財務省や特殊法人が悪いものを郵便局のせいにされても困ります。郵政民営化はそういう問題なんです。こんなまやかしの改革に、連日、貴重な国会審議の時間が裂かれていることは、断じて許すわけにはいきません。
民主党は批判ばかりの政党であってはいけません。私もそのことは常に肝に銘じています。でもこの問題だけは、いくら批判しても足りません。どう考えてもおかしいです。皆さん、そう思いませんか? |
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2005年2月14日
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本日は、バレンタインデーですが、今年は一つもチョコもらえませんでした(涙)。
それはさておき、本日は「おはよう730」の日です。
今朝は、岡山駅ダイエー前です。「おはよう730」は民主党岡山県連が、月曜日の朝7時半から8時半まで、毎週行っている街頭演説です。岡山駅ダイエー前、高島屋前、西口の3箇所をローテーションで行っています。私もいずれは街宣カーの上で話をしたいと思っていますが、今はまだ修行の身。チラシ配りに徹しています。
そんな気持ちを察してくれたのか、昼過ぎに津村啓介さんが一緒に天満屋前で街頭演説をしようと誘ってくれました。天満屋前は休日に2回ほどチラシを配りましたが、平日は初めてです。人通りあるのかなあ・・・と、津村さんが到着するまで、一人で、半信半疑な気持ちで始めましたが、意外に人通りも多く、また、休日と違い、ご年配の方や主婦の方が多く、チラシをよく受け取ってもらえました。時間当たりのチラシ配布枚数は、休日以上でした。これは思わぬ成果。これからは平日昼間のチラシ配りも有効であることがわかりました。
津村さんが合流されてからは、「ここにいるオレンジのジャンパーを着ている男が高井崇志君です」と大いに宣伝してくれたおかげで、さらに受け取ってもらえる枚数も増加。こちらのテンションも高まって、用意した500枚のチラシが2時間ほどでなくなってしまいました。今日も津村さんに感謝です。
夜は県庁時代から親しくしている(有)モーショントライブの浅野英治さんと夕食。浅野さんは、岡山ビブレB1にある「CLUB
JAM」「ACTRON」を経営されている38歳の青年実業家です。もともとはクラブのDJで、テレビせとうちの深夜番組「RE−TV」の制作も行っています。
浅野さんとは久しぶりに色々な話をしましたが、その中で一つ、すごく共感する話がありました。
「音楽を通じて、自分が伝えたいメッセージは、こちらが押し付けても駄目なんだ。伝えたい相手が、自分から気づいてもらえるようにしないと、伝わらないし、本当に理解してくれない。」
この言葉は政治にそのまま当てはまると思いました。政治家が、いくら声を張り上げて自説を唱え、説得しても、有権者の方の耳を左から右へすり抜けて行くだけです。そうではなく、いかにして気づいてもらえるか。本当に自分から、「そうだ」と思ってもらえるようにしなければ、本当に理解してもらえないし、投票にも結びつかない。「政権交代の必要性。なんでこんな簡単なこと、単純なことを、皆わかってくれないんだ!」というもどかしい思いをすることが最近多くなっていただけに、余計に身にしみて感じました。「自分から気づいてもらうための努力」、難しいことですが、意識して実践してゆこうと思います。 |
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2005年2月13日
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本日は、久しぶりの二日酔い。
しかし、朝から激寒の千屋いぶきの里スキー場で行われる「岡山県雪合戦大会」の開会式に出なければなりません。
「雪合戦?」と思われるかもしれませんが、これがあなどれません。
日本雪合戦連盟もある正式なスポーツで、公式ルールもしっかりと確立されています。
簡単にルールを説明すると、7名1チームで、相手のコートにある旗を奪い取った方が勝ちというゲームです。あらかじめ作った雪だまを相手にぶつけると、その人はアウトとなり、ゲームから外れなければなりません。コートの中に、何箇所か壁が設けられており、相手の隙を見て、少しでも前の壁に進み、そこから相手に雪だまをぶつけます。3分間の時間内で旗が取れなかったときは、コートに残っている人数の多いほうが勝ちとなります。
昨年は私も県庁チームで参加しましたが、今年は立場上、応援に回りました。
今年も県庁チームは残念ながら一回戦負けでした。来年こそは、悲願の一勝を期待しています。
楽しかった千屋の旅も終わり、午後3時には岡山市内に戻りデスクワーク。
夜は、津村啓介さんに某テレビ局記者の方をご紹介いただきました。
するどい分析で知られる某局記者さんの話は、とても参考になり、中味の濃いお話を伺うことができました。
私が天満屋前で一人でチラシを配っていることが、早くも噂になっているとのこと。まだ2回しか配っていないのですが、既に5人の方から「見かけたよ」という声を聞きました。天満屋前のチラシ配りは効果大だな、と改めて自信になりました。
その後、某局記者さんが帰られた後、民主党岡山県連幹部(江田代表、草苅幹事長、森本幹事長代行、姫井副幹事長、小笠原常任幹事)の懇談会の場に、津村さんと一緒に押しかけました。若い世代への叱咤激励を頂くとともに、我々からの要望も申し上げました。皆思いはひとつ、「政権交代」です。この1年が正念場であるとの認識を再確認しあいました。
その後事務所へ戻ってこの日記を書いていると、若手活動家M氏から、ラーメンを食べようという悪魔の誘い。ダイエットの決意も忘れ、ついつい、誘われるままに行ってしまいました。彼は最近すばらしい彼女ができたとのこと。のろけ話をさんざん聞かされました。喜ばしいことではありますが、また一人、私の独身仲間が去ってゆくのに一抹の寂しさを覚えました。私にもいつの日か幸せが訪れるのでしょうか・・・ |
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2005年2月12日
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本日、午前中はデスクワーク。
民主党の新たな支持層拡大のための方策を検討中であり、その資料作りです。
午後は、雪の降る新見市千屋(ちや)に向けて出発いたしました。
明朝行われる「岡山県雪合戦大会」の開会式に、江田五月議員の代理で出席するためです。というのは表向きの理由で、実は、毎年この雪合戦大会の前日に行われている「千屋牛をたらふく食べる会」に参加するためです。千屋牛は神戸牛よりも上、とも言われる、知る人ぞ知る最高級牛肉です。
この会は、県内市町村役場から県庁に出向しているメンバーを中心とした会です。岡山県庁勤務時代に毎年参加しておりましたが、今年も誘っていただいたので、ずうずうしく参加させてもらいたしました。
市町村役場から県庁に来ている人たちは、仕事ができるのはもちろんのこと、バイタリティーに溢れた愉快で楽しいメンバーなので、私はこの会が大好きです。県庁を去ってからも、こうして呼んでいただけるのはとても有り難いことです。これからも呼んで頂けるものならば、是非参加させてください!
氷点下5度の千屋で、おいしい千屋牛を囲みながら、深夜まで飲み続けました。久しぶりに仕事を忘れての楽しい飲み会でした。新しい出会いもあり、思い出に残る一日になりました。 |
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2005年2月11日
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本日、羽場頼三郎岡山市議と打ち合わせをしました。
羽場さんは、お名前のとおり、「はばひろい」人脈をお持ちで、特に県内の多くの市町村議会議員をご存知です。私の江田事務所での最大の役割は、江田五月を、そして民主党を支援してくれる市町村議会議員のネットワーク作りであり、羽場さんのご協力抜きでは成しえません。今後も羽場市議と綿密に相談をしながら進めてゆきます。
午後1時から3時まで、先週からはじめた「天満屋前チラシ配り」をやりました。どうやら私はチラシ配りが好きみたいです。受け取ってもらったときのあの快感が。特に、「ああ、民主党ね」といって受け取ってもらえたときは、喜びもひとしおです。立ち止まって、私の政策や民主党のあり方について、いろいろご意見をおっしゃってくださる方もいます。
政治とは、壇上にあがって演説することではなく、こうして大勢の皆さんと、政治に関心ある方にも、関心のない方にも、語りかけることなんだと、感じます。
午後4時からは、帰岡された江田五月さんを交えて、今後の江田五月事務所の体制作りについて打ち合わせ。
この1年間、江田事務所の役割は重大です。1区から5区総支部と連携しながら、支持層を拡大してゆかなければなりません。やることは山ほどありますが、一つ一つこなしてゆきます。 |
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2005年2月10日
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本日、久しぶりに会った二人の方から、「太ったなあ・・・」と言われました。
自分でも、うすうす気づいていましたが、改めて言われるとショックでした。「髪型のせいかな?」と思い、2年ほどかけて伸ばした髪を思いきって切ることにしました。
すると、なんと・・・余計太って見えるようになってしまいました(涙)
私はもともと顔が丸顔なので、太って見られがちです。実際はそんなに太っていないのですが・・・
今は身長が175cm、体重が75kgです。
学生のころの暴飲暴食の結果(徹夜で麻雀をし、明け方寝る前に吉野家の牛丼や天下一品ラーメンをよく食べてました)、23歳で最高体重83kgを記録しました。
就職して、これではいかんと一念発起でダイエットに励み、28歳の頃には最低体重67kgまで落としました。この間は、毎朝5kmのランニングをしたり、週末にはプールで5km泳いだりしておりました。
31歳の時、岡山へ来てからも70kg前後の体重を維持してきたのですが、東京へ戻ってから、ストレスのためか、75kgまで回復してしまいました。
私の長いダイエット歴における秘訣は、やはり運動することです。
運動には二つの効果があります。
一つは運動中に脂肪が燃焼するのはもちろんのこと、運動により筋肉がつくことです。筋肉がつけば、寝ている間でも勝手に脂肪を燃焼してくれるのです。こんなありがたいことはありません。
もう一つの効果は、運動すれば食べなくなることです。
「えっ?」と思うかもしれませんが、こういうことです。運動することは苦しいです。こんなに苦しい思いをして1時間走っても、消費するカロリーはわずか300キロカロリー程度です。そのことがわかると、ちょっとおやつにハンバーガー(約300キロカロリー)を食べようとか思わなくなります。また食事をするときも、カロリーを気にするようになります。そんな効果が運動にはあります。
政治家は人前に立つ仕事。やはり見苦しい格好はできません。これからポスターも作らねばなりません。
思い立ったが吉日。今日から、もう一度運動を始めます。
忙しい毎日ですが、工夫次第です。例えば、マラソンしながらチラシ配りをするとか。いろいろ工夫して頑張ります。
目標はとりあえず、70kg。いずれは最低体重の67kgを更新します! |
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2005年2月9日
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本日は、民主党支持者の方からの陳情を聞きに行ってまいりました。
政治家にとって、陳情の扱いは難しいものがあります。日本の政治は陳情政治と言われます。有権者は一票を入れる代わりに、陳情を聞いてもらう。入れる票数が多ければ多いほど、より無理難題を頼むことができる。陳情といえば、自民党の利権政治が思い浮かびますが、民主党にだってあります。
民主主義国家の先輩イギリスでは、陳情はほとんど無いそうです。政治家はそういう役割を果たすものではない。個別具体の話ではなく、もっと大きな天下国家を論ずるのが政治家の役割である、そういう考え方が根付いているのでしょう。
私もこれまでは、そういうイギリス政治をうらやましく思っていました。
本日の陳情はこういう内容です。
支持者の方が経営する会社(以下A社とします)が、某公営組織から業務の委託を受けました。ところが、某公営組織はその立場を利用し、A社に対して数々の嫌がらせをします。A社の従業員の方々は必死の思いで嫌がらせに耐え続けましたが、ついにA社の社長は委託契約の解除を決断いたしました。ところが、某公営組織はA社に対し、多額の違約金を請求したのです。
確かに契約書を見ると、違約金は契約書どおりの額となっています。法律上は、某公営組織に落ち度はないでしょう。しかし、A社が契約解除という苦渋の決断をするに至った数々のいじめの話を聞き、「本当にこれでいいのか?法律上問題がなければそれでいいのか?」と自問自答せずにはいられませんでした。
目に涙を浮かべながら、その時の苦しかった胸の内を語る従業員の方々の訴えを聞いて、そう思わずにはいられませんでした。ノイローゼになって辞めていった従業員の方もいるそうです。
確かに、個々の争い事の仲裁を政治家がいちいちしていては、国の大事な政策が疎かになるという考え方もあるかもしれません。でも、ここで涙を流して苦しんでいる弱い立場に置かれた方を救うことなくして、何のための政策でしょうか。何のための政治でしょうか。何のための政治家でしょうか。
苦しみのあまりに自殺する人は毎年増え続けています。ついに年間3万人を超えました。かつて、交通事故と自殺でなくなる方の数は同じ数だったのですが、今や4倍近い開きがあります。こうした現状をいつまで放置すればいいのでしょうか。
1977年のダッカ・ハイジャック事件の際に、時の福田総理は「人間の命は地球より重い」という名言を残しました。これには賛否両論あり、最近では国際テロに屈してしまった日本の象徴として、むしろ批判的に受けとめられています。「一人の人間の命を大切にするあまり、国の政策を誤ってはいけない」そういう意見の方が多くなっています。イラクにおける日本人人質事件の際に、その意見が顕著に現れました。
もちろん、理屈ではわかります。実際の政治判断の場面では、そうせざるを得ない時もあるでしょう。でも人の命はそれくらい大切だという、そういう気持ちを捨ててしまったら、政治とは何でしょうか。人一人を幸せにできずに、どうして多くの国民を幸せにできるでしょうか。国民は一人一人の総和にすぎません。日本国民などという人間は存在しません。私は「人間の命は地球より重い」という言葉は大好きです。
話が脱線しましたが、一つの陳情は、国の安全保障政策や経済政策に比べたら小さな話かもしれません。しかし、そのひとつひとつを大事にすることなく、安全保障問題も経済問題も決して解決はしません。今日、初めて陳情をお聞きしてその事を強く痛感いたしました。これからの政治人生において、今日抱いたこの気持ちは決して忘れないようにいたします。 |
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2005年2月8日
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本日は、朝9時から江田五月事務所の事務局会議です。
本日は秘書団の任務について話し合いました。これまでの活動は、支持者の方々を回って歩くことにほとんどの時間を費やしていたのですが、本気で政権交代を目指すには、新たな支持者を増やすことは至上命題です。守りから攻めの姿勢への転換が必要であり、私がそのプロジェクトを担当することになりました。地域の核となる活動家の方々を発掘して歩く活動を、これから数ヶ月間続けてゆきます。
その活動の第一歩として、各総支部代表を回って歩き、いろいろと情報収集と連携方策について相談することにしました。本日は3区総支部代表の中村てつおさんを訪問し、3区内の市町村議会議員や江田五月会、労働組合の状況等について、2時間以上に亘り、教えて頂きました。県連代表である江田五月秘書としては、こうして各総支部代表と、じっくり時間をかけ、膝を突き合わせて情報交換をすることが大切であると思います。
夜は「JPU岡山支部新春旗開き」に江田五月議員の代理で出席しました。JPUは日本郵政公社労働組合の略称です。私は郵政省出身であり、JPUには人一倍思い入れがあります。郵政省(現総務省)を退職しても、これからも郵政事業は私のライフワークです。私が郵便局に勤務したのは、東京の西葛西郵便局と新潟の長岡郵便局の2局だけであり、現場の皆さんの苦労を十分知っているとは言えません。これから、大勢の郵便局の皆さんから、いろいろなことを教えてもらい、自分の政策を作り上げてゆきたいと思います。
予想より大勢の方々がいらっしゃり、名刺入れ3つに入れて持って行った名刺が全て無くなり、会の途中で走って事務所まで名刺をとりに行くハプニングもありましたが、なんとか全員の方に名刺をお渡しすることが出来ました。是非、今度はゆっくりと時間をいただいて、意見交換する場ができればいいな、と思っています。 |
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2005年2月7日
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本日は、朝10時から、江田五月参議院議員の代理で、「北方領土返還要求岡山県民大会」に参加いたしました。
津村啓介さんも一緒で、国会議員の本人出席は津村さんだけだったことから、津村さんが国会議員を代表して挨拶されました。昨年サハリンを訪問した際の体験を基にしたいい挨拶でした。このような問題に対しては超党派で取り組む必要があります。
北方領土は、ロシア人が初めて千島を探検した100年も前に日本人が住み始めています。これまで一度も他国の領土となったことは無い、我が国固有の領土です。北海道根室の納沙布岬からわずか3.7kmしか離れていないところにあり、大きさは、国後島は沖縄本島より大きく、択捉島は島根県とほぼ同じくらいの大きさです。北海道生まれの私としては他人事では無く、一日も早く解決しなければならない課題です。小泉首相も最初のうちはこの問題に対しても勢いが良かったのですが、最近はあまり関心を示していません。こういうことが最近あまりにも多いと感じるのは私だけでしょうか。
夕方からは、姫井ゆみ子県議のお誘いで、「岡山の和文化を楽しむ会」の設立総会に参加いたしました。
姫井さんの人脈らしい実にバラエティーに富んだ方々が参加しておりました。記念講演をされた就実女子大学の柴田学長のお話は、噂どおりの軽快な語り口で、とても楽しく、また勉強になりました。
さらにその後、津村啓介さんとマスコミ関係者の方々とのプライベートな飲み会に合流しました。
マスコミ関係者の方々は県庁時代にお世話になった方々で、とても楽しいひと時でした。西大寺町商店街にある「ひつじ亭」というジンギスカン料理のお店で、北海道生まれの私をも呻らせるおいしいラム肉でした。お勧めのお店です! |
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2005年2月6日
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本日は、第一日曜日、京橋朝市の日です。
京橋朝市は、毎月、岡山市を流れる旭川にかかる橋「京橋」の周辺で行われる朝市で、県内各地から出店が出て、たくさんの来場者があります。そのため、与野党問わず多くの政治家が訪れます。私も朝6時に起きて、待望の「朝市デビュー」を果たしました。3年間ほぼ毎回参加している津村啓介さんの京橋朝市での知名度は抜群なので、今日は津村さんに一緒に連れ歩いてもらいました。
今日は一つ一つのお店を回って、私のチラシを配って歩いてのPRです。県庁のすぐそばということもあり、「この間まで県庁に勤めておりました」とPRして回りました。3年間歩き続けた津村さんの人気はすごく、多くの皆さんに親切にして頂きました。京橋朝市にはかなりの民主党ファンがいると思います。
午前10時からは、瀬戸町の合併50周年記念式典に江田五月参議院議員の代理で出席しました。片山虎之助前総務大臣も一緒でした。片山さんは、相変わらずSP(警護の警察官)が3人ほど付いています。大臣や政党党首には税金から雇うSPが付くのですが、片山さんはどういう肩書きで付くのでしょうか?自民党参議院幹事長の肩書きに対して付くのなら、民主党参議院議員会長の江田五月さんに付かないのはおかしいし…。どうも腑に落ちません。私的に雇っているのかな???と思ってみたり。今度調べてみようと思います。
片山さんはいつもどおりの挨拶をして、早々に壇上を後にしました。
その後、時間があるので、今日は昼立ち(チラシ配り)をやってみようと思い、表町の天満屋周辺で2時間、自分のチラシを配りました。この場所は衆議院1区になるので、総支部長である菅源太郎さんに了解を求めたところ、「大いにやってください」と快諾いただきました。
いろいろな場所で試してみましたが、一番配りやすかったのは「天満屋向かいのスターバックスの横」でした。信号待ちの人に配るのと、人通りが流れるところで配るのは、一長一短あるのですが、人が流れているところのほうが、ストレスが少なくてすみます。信号待ちしている人の目の前にチラシを差し出すと、かなりの確率で受け取ってもらえるのですが、これをやるにはかなり気を使い、また受け取りを拒絶されるとへこみますので、かなりのストレスを伴います。
途中、知り合いに3人ほど会いました。皆、驚いていましたが、「頑張って!」と応援してくれました。
表町は県内屈指の人通りの多さですが、若い人(特にカップル)が多くてなかなか受け取ってもらえません。それでも、「こんにちは。民主党です!」と言って元気よく手渡すと、一度通り過ぎても、振り返ってくれる人がたくさんいました。特に若い女性が、「へー、民主党だって」と言いながらもらってくれる回数が多かったです。イケメン候補者が多い効果がそろそろ出てきたのでしょうか(笑)。
結局2時間粘って300枚配りました。ここでのチラシ配布は、配った枚数以上に、大勢の人に見てもらっている効果があると思います。おそらく、300枚の10倍、3000人以上に「民主党です!」と声をかけていることになります。このうち何分の一の人でも、「ああ、民主党は頑張っているんだな」と思ってくれたらしめたものです。今回はすぐに忘れても、二度三度と見かけた人は、必ず民主党の頑張りを評価してくれるでしょう。「民主党が頑張っている」と思ってもらえればいいのです。「たかいたかし」の名を売るのは二の次です。
夜は、江田五月さんが日生町で1斗缶の牡蠣をもらったということで、若い秘書団を呼んでの牡蠣パーティーを開きました。
江田夫妻のほか、江田秘書の清水さん、菅秘書の吉川さん、津村秘書の田中さん、田口さんが参加されました。途中から、津村さん、津村秘書の増田さん、根木さんも参加されました。
江田五月さんが鍋奉行を務める「江田鍋」は大変有名なのですが、私はまだ食べたことが無く、昨日その話をしたところ、早速今日実現しました。大勢で押しかけて、奥様の京子さんには大変ご迷惑をおかけしました。
「江田鍋」のおいしさについては、また別の機会にご紹介します。ともかく、皆、めちゃめちゃ食べました。もうお腹が一杯です。 |
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2005年2月5日
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本日は、民主党岡山県連第10回定期大会です。年に一度、党員・サポーターが一同に介する一大イベントです。
14時から3時間以上の長丁場で、今後の民主党岡山県連の活動方針等につき、皆さんと討議いたしました。
冒頭、江田五月県連代表挨拶の中で、私のことを触れていただきました。
「民主党には今、人材が集まってきています。今日あそこに座っている井崇志君も、総務省のキャリア官僚で、県庁で情報政策課長まで勤めた男ですが、このまま役所に勤めていても自分の思う政策はできない、と役所を辞め、私のところへ来たのです。」
過分なご紹介、誠に恐縮であります。
続いて石井知事の来賓挨拶の中でも、私のことを触れていただきました。
「井君が岡山に戻ってきたというので、本当にびっくりしました。飲み屋のツケがまだ残っているのかな、と最初思いましたが(笑)。彼は岡山が全国に先駆けて整備した岡山情報ハイウェイの基盤を作った男で、優秀な男です。私も大いに期待しております。井君のこと、皆さん宜しくお願いします。」
飲み屋のツケの話はともかく、知事に満座の中で、誉めていただいたのは、本当に嬉しかったです。これから自民党と闘う私に対するエール。大きな意味のある言葉です。先般、民主党の全国大会が福岡で開催された際にも、麻生福岡県知事は民主党に対してかなりのエールを送ってくれました。真の「地域主権」を提案する民主党は、まさに地方自治体の味方なのです。
更に、連合岡山会長の森本栄さんの来賓挨拶は圧巻でした。(以下はお話の要旨です。正確に記録しているものではありませんことをお断りしておきます。)
「今の日本は、社会全体がどうかしている。子が親を殺す。親が子を殺す。オレオレ詐欺で、地震の被災者をだます。倫理観の欠片も無い。そんな危機的状況の中で、小泉総理は3年10ヶ月間何をしゃべってきたのか。『非戦闘地域がどこかなんて、私にわかるわけない』『人生いろいろ、仕事もいろいろ』『この程度の公約破って何か問題ありますか』等々。国民はもっとはっきり小泉はNOだと示すべきである。しかし、今の民主党のままでは勝てない。民主党には政権を担える国民政党として脱皮してもらいたい。そのためには民主党と労働組合の関係をきちんと整理する必要がある。労働組合と民主党の政策が全て一致する必要は無い。労働組合=民主党では国民政党には脱皮できない。一致しないときどうするのか。そのために、日常の付き合いを綿密にしておく必要がある。裏切った、裏切られたの関係になってはいけない。我々は、民主党に国民政党に脱皮して欲しいと願っている。」
情熱をこめてお話をされる森本会長の姿には深い感銘を受けました。連合にここまで言っていただいている。民主党は、このことを重く受け止め、真摯に国民政党への脱皮を図るべく、日々努力してゆかなければなりません。休んでいる暇はありません。日々前進あるのみです。相手の何倍、何十倍も努力しなければなりません。 |
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2005年2月4日
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本日は、ご好評(?)につき、久しぶりに「ラーメン食べ歩き紀行」です。
S新聞の自称グルメA記者お勧めの「ラーメン登竜門」に行ってきました。
場所は我が家のすぐ近く、岡山南高校のすぐ横です。6つのラーメン有名店の味が楽しめるというお店でした。
・支那そば一龍(しょうゆ)
・純味(みそ)
・支那虎
・横浜家(横浜・とんこつ)
・辛之介(広島・つけめん)
・神楽(大阪鶴橋・テール塩ラーメン)
の6つのお店の味が一つの店舗で味わえます。
店内に人気ランキングが貼ってあり、「支那そば一龍」が1位だったので、注文しました。こってりしょうゆ味で、私の好きな系統のラーメンです。チャーシュウと味玉がまたおいしく、なかなかのお味でした。次回は他のラーメンにチャレンジしてみようと思います。
夜は、倉敷市議会議員に見事当選した時尾博幸さんの選挙総括会議に参加しました。
たいしたお手伝いもしていないのに呼んで頂き、しかも皆さんの前で紹介までしてもらって、恐縮いたしました。皆さんのお席を一つ一つ回ってみて、倉敷の皆さんは本当に熱い方が多いなあと実感しました。
その中でも、特に印象深いお話がありました。鹿児島出身の方がおっしゃっていたのですが、
「私の郷土の西郷隆盛は、2万の兵を一度たりとも怒ったことがなかったそうだ。それでも薩摩軍の規律は一糸乱れなかった。清貧で無骨な隆盛は、それだけ皆に慕われていたのだ。」
最近は、部下を怒れない上司が増えていると言います。一方で、部下を怒鳴りつける上司も増えています。私は西郷隆盛のような人間になりたいと思います。 |
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2005年2月3日
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本日は、「節分の日」、豆まきの日です。
江田五月議員の代理として、岡山市大元の宗忠神社の節分祭に出席いたしました。
宗忠神社は、岡山発祥の黒住教の神社です。江戸時代の文化11年(1814年)に岡山藩主池田家の神職、黒住宗忠教祖が拓いた宗教です。
神社には大勢の方が訪れ、豆の入った「福豆もち」を受け取ろうと集まっていました。
私も境内の上からの豆まきははじめての体験でした。皆さん、福を呼び込もうと一生懸命に豆入り餅を受け取っていました。
子供の頃から、豆まきといえば、「鬼は外、福は内」だと思っていましたが、宗忠神社では「鬼は内、福は内」と言うそうです。
これは、黒住教祖が、ある年の節分に間違えて「鬼は内、福は外」と唱えてしまい、謝るご令室に対して、
「今夜はどの家も『鬼は外』と鬼を外に追い出しているが、鬼の身になってみるとたまったものではない。一軒くらいは『鬼は内』と言って鬼を迎え入れる家があってもよい」
と言われた逸事に基づいているそうです。
これには、「なるほどなあ」とうならされました。
やはり我々にもこういう度量が必要だなあ、と思いました。違う意見の人たちを排除するのではなく、そういう方こそを迎え入れる度量が必要なんだと、あらためて思い返しました。
主義主張が違うからと言って殺しあう人たちがいます。そこまでゆかなくても、主義主張が違うと人としての付き合いまで放棄してしまう、そういう人が多いように思います。例え鬼であっても迎え入れる、その心を私は忘れないようにしてゆきたいと思います。
豆まきの後は、宗忠神社名物の大元鍋とふな飯をいただきました。大元鍋は、花カツオでとった塩味のダシ汁に、春雨・ほうれん草を中心に、若鶏・鳥モツ・砂ズリ・白身魚・イカ・アナゴ等が入った鍋で、とっても美味しかったです。噂には聞いていましたが、食べたことがなかったので、思わず3杯もおかわりしてしまいました。
夜は、姫井ゆみ子県議が主宰する「九条の会」に参加しました。
「KUYA(くうや)」(http://www.k-magic.net/kuya/)という岡山駅西口のおいしいたこ焼き屋さんで、毎週木曜日に開かれる会です。憲法を岡山弁に翻訳し、親しみやすくする会なのですが、まあ楽しい飲み会です。
「KUYA(くうや)」は店長の臼井雅一さんとスタッフの光森直子さんが創意工夫してあみだしたいろいろな種類のたこ焼きがあり、どれも絶品です。その上、本日は室戸沖で釣ってきたばかりのブリの刺身としゃぶしゃぶがついて、贅沢三昧でした。
会の仲間は私と同世代が多く、菅源太郎さんとともに、与太話から次第に政治談議へ。
昨日の日記にも書いた「岡山党」の話をすると、20代30代の皆さんにとても共感していただけました。ただ、これを現実のステップにしてゆくには一筋縄ではいきません。政権交代に結び付けるためには「岡山党こそが民主党なんだ」ということを説明し、理解してもらう必要があります。
気づいてみると明け方の3時。今日も充実した一日でした。毎日時が経つのがとても早く感じる今日この頃です。 |
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2005年2月2日
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本日は岡山を代表する企業の若手経営者を訪ねました。
私はこれからの岡山を背負ってたつ若き経営者の方には、「これからは、保守も革新もない。若い世代で「岡山党」を創りましょう。」と提案しています。
自分たちが暮らす街を良くするために、保守も革新もありません。必要なのは変革です。世代交代です。今の岡山に心から満足している人は少ないはずです。これだけの潜在能力、可能性を秘めた街であるにもかかわらず、どこか皆さん閉塞感を感じているのではないでしょうか。もっともっと発展できるはずなのに、と思っているのではないでしょうか。今の岡山は、ごく一部の人だけが恩恵を受け、満足している、そう思えてなりません。
変革するには、新しいリーダーが必要です。そして世代交代が必要です。
これまで岡山の街を築いてこられた先輩方を決して疎んじているのではありません。むしろとても感謝しております。私は岡山が大好きで、全国のどの街よりも岡山が好きだから、帰ってきたのですから。
でも、やはり変えなければならないこともたくさんあります。変えるためには、申し訳ないですが、やはり世代交代が必要です。これは世の常です。
我々若い世代は、必ず敬愛してやまない先輩方の教えを真摯に受けとめ、先輩方が築いてくれたすばらしい街岡山を更に発展させてまいります。
民主党にはそういう志を持った若い仲間が集まっています。
ぜひ、若い世代の経営者の方々と、一緒になって岡山の街を創ってゆきたい、切にそう願っています。 |
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2005年2月1日
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本日は、岡山経済界の重鎮の方お二人とお話をしました。
お二人とも私の民主党入りを快くは思っていませんでした。「個人的には井君のことが好きなのに大変残念だ」とも言われました。
しかし、私から「民主党にもたくさん欠点はあります。でもだからといって今の自民党のままで本当にいいのですか?」と問うと、お二人とも「今の自民党では駄目だ」とおっしゃいます。私は、「今まで霞ヶ関から身近に自民党を見てきましたが、中から変えることは絶対に不可能ですよ」と申し上げると、黙ってしまいました。私は、「自民党も駄目だが、民主党もだらしがないから票を入れん」という方の気持ちもわかります。でも、だからといって、自民党という選択は理解できません。国民が「今の自民党では駄目なんだ」という意思を明確に示さない限り、自民党が変わることはあり得ませんから。
夕方から、前中国経済産業局長の田辺孝二さんが来岡し、出席するというので、中国ニュービジネス協議会に参加してきました。
田辺さんは、中国経済産業局長という要職にありながら、中国地方中を駆け回り、ベンチャー育成に奔走された方で、私が尊敬する数少ないキャリア官僚の一人です。経済産業省の調査統計部長を最後に退職され、普通であれば「天下り」するところですが、ベンチャー育成のためのさまざまな活動をするためにフリーで活躍されています。最近、東京工業大学の教授に就任されたとのことです。
中国ニュービジネス協議会には、ちょうど今晩、NHKプロジェクトXの主人公となるヒロボーの松坂敬太郎さんが講師で来ておりました。松坂さんは、倒産寸前の広島紡績を、ラジコンヘリコプターの開発で発展させた、広島経済界の立志伝中の方です。ついさっきまでお話していた方が、テレビに出ているというのはなんとも不思議な気持ちがしました。
懇親会の後、田辺さんと更に二人で一杯。途中、9時15分から田辺さんのホテルの部屋でプロジェクトXを見て、さらにまた違うお店で一杯。私の若い仲間も合流し、12時過ぎまで田辺さんを引き止めてしまいました。
田辺さんからは私の今後の活動につき、有益なアドバイスをたくさん頂きました。これから順次実行に移してゆきたいと思います。
田辺さん、遅くまでありがとうございました。 |
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