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2005年12月21日(水) 『国の来年度予算案の内示』
2006年度の国の予算の財務省原案の内示があった。
毎年、財務省原案内示の前後になると、霞ヶ関は一年で最も忙しい。
今年は早い方で、ずれ込むとクリスマスに重なることもある。「こんな時期にやめてくれー」といつも思っていたことを思い出す。
来年度の一般会計の総額は、79兆6860億円と、4年ぶりに減少。8年ぶりに80兆円の大台を下回った。歳出の削減幅も2兆4969億円と、過去最大である。
また、新規国債発行額は29兆9730億円と5年ぶりに30兆円を下回り、小泉首相が2001年の就任時に公約した「国債発行30兆円以内」の目標をようやく達成した。
一般歳出の4割強を占める社会保障費は、高齢化の進展などで8000億円の自然増が見込まれたが、診療報酬引き下げや、国と地方の税財政を見直す三位一体改革に伴う補助金削減などで1893億円の伸びにとどめた。
公共事業関係費も4・4%減と5年連続で減少し、バブル崩壊時まで縮小した。
「80兆円を下回る」「国債発行30兆円の公約を果たす」などの見出しを見て、多くの国民から、「さすがは、我らが選んだ小泉総理!」との賞賛の声が聞こえてきそうだ。私も、この数字は大いに評価している。
しかし、同時に、この背景には、定率減税の廃止、ビール・タバコの増税、一部高齢者への医療費負担増など、国民へ大きな負担を強いていることを忘れてはならない。
年収500万円の家庭では、年間3万5千円の負担増になるという。
財政再建の原則は、あくまでも「まず第一に、税金の無駄遣いをやめること」であり、政府・与党はこれに全力で取り組んでもらいたい。 |
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2005年12月20日(火) 『引越し』
選挙に破れ、借金を背負い、途方にくれる私に救いの手を差し伸べてくださったのがOさんである。
Oさんからは、選挙中も絶大なる応援を頂いたが、この度、Oさんの会社の研修センターとして利用していた新屋敷町の建物を、事務所兼住居として貸してくださった。
3階建てのビルで、1階は駐車場。2階は30人から40人入ることができる広いスペースで、3階はバストイレつきの宿泊可能な部屋が4部屋ある。
駐車場も10台は駐車可能であり、浪人中の身には、身に余る事務所である。
昨年12月28日、総務省に辞表を提出したその日に東京を引き払い、岡山に越してきた。そして、その日に決めた奥田のアパートは、1年間で引越しすることになった。
考えてみると、私の人生は引越しばかり。通算で18回目の引越しとなる。
今度こそ、この新屋敷町3丁目の新居に骨を埋めたい。
Oさん、本当にありがとうございます。大切に使わせていただきます。
そして、必ず、一人でも多くの人を幸せにできる立派な政治家となり、ご恩返しいたします。 |
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2005年12月19日(月) 『陳情』
最近、市政・県政に対する陳情を受ける機会が増えた。
「市役所の担当者にこう言われたんじゃが、おかしかろう。どこに言ったらええんじゃ。」
「県庁の課長がこう説明しとるんじゃが、税金の無駄遣いじゃ。変えんとおえまあ。」
私は、国会議員でもないし、県議会議員・市議会議員でもない。
本来、陳情を受ける立場にはないのだが、市長選挙に立候補したことで、相談してくださる方が多い。
私も、総務省で9年、岡山県庁で3年、合計12年間、行政の現場で働いてきた。ノウハウはある。
私にできる範囲で、精一杯期待に答えてゆきたい。
皆さんも、いろいろな相談事をぜひお聞かせ下さい。
できる限り、お手伝いいたします。 |
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2005年12月18日(日) 『医療制度改革シンポジウム』
岡山4区(倉敷市・早島町)選出の柚木みちよし衆議院議員の呼びかけで、「医療制度改革シンポジウム」が開催された。
正直言って、「医療制度改革」については、知識が乏しかった。
「子育て」「教育」「福祉」を訴えてきた私には、「医療」は少し優先順位が低かった。
しかし、医療の現場も待ったなしの状況を迎えている。
総合病院の院長先生から、「医者は1日16時間働いている」と聞かされて驚いた。
また、足立信也参議院議員が、
「わが国の借金は1000兆円を超えているが、個人金融資産も1400兆円ある。借金の実質的な対GDP比は65%程度であり、国債も95%は国民が買っているので、まだ大丈夫。それよりも医療制度改革の方が切迫している。」
と発言されたのも印象的でした。
いろいろな見方があるのだなあ・・・と。わが国には待ったなしの分野がいたるところにあるのだなあ・・・と。
そして、最も印象的だったのは、姫井医院の姫井成先生の発言でした。
「民主党の医療制度改革案にはむなしさを感じる。政権を取っていなければ、どんなに良い案でも絵に描いた餅。結局与党にいいとこどりされてしまうのかなあ、と思うとむなしい。」
確かにそのとおり。
選挙は勝ってなんぼ。痛切に感じます。 |
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2005年12月17日(土) 『芋煮会』
岡山市長選挙、私を応援してくださった一宮五月会の皆さんが開催する芋煮会に参加させてもらった。
粉雪の舞う寒い日でしたが、テントの中はとても暖かかった。
それ以上に、一宮五月会の皆さんの、応援の声が温かかった。
選挙とは不思議なものだとつくづく思う。
こんな私のために、皆さんが全力で応援してくださる。
江田五月会の皆さんは、お父様の故江田三郎さんからの支援者の方が多く、年配の方が多くなってきている。
これからは、自分と同世代で、このように熱心に応援してくださる方を見つけてゆかなければならない。 |
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2005年12月16日(金) 『母の誕生日』
本日、母が58回目の誕生日を迎えた。
幼い頃から今まで、父と母に対する不満は何一つない。
貧乏暮らしの中、内職やパートで働きながら、やんちゃな男二人を何不自由なく育ててくれた。
私は、父と母が喧嘩するところを見たことがない。
争いごとを好まない私の温和な性格は、こうして育まれたと思う。
大学合格の報を電話で伝えた時の、母の感極まった声は、今でも忘れられない。
父と同じ国家公務員の道を歩み、安定した生活を約束された時は、心から喜んでくれた。
これからは、公務員を勤め上げた父と、楽な老後を送るはずだった。
しかし、父は公務員を途中で辞め、転職した会社は倒産してしまった。
再び貧乏生活を余儀なくされた母が、期待をしたのは私であったであろう。
しかし、私も公務員の職を捨て、「安定」とはお世辞にも言えない世界に飛び込んでしまった。
両親にろくに相談もせず、夢を追って走り出してしまった。
最初は反対していた母も、走り出した後は、温かく見守ってくれた。あらゆる面で応援してくれた。
そして、今回の市長選挙では、会社を休み、3週間ずっと来岡し、私の代わりに、いや、私以上に死に物狂いで、支持者を回ってくれた。
「お父さま、お母さま、おばあちゃま、いい方ねえ。ご家族のおかげよ。感謝しなきゃね。」と声をかけて下さる支持者の皆様のなんと多いことか。
父と母、そして祖母への感謝の気持ちは、とても言葉で伝えることはできない。
父と母にこれまでかけてきた苦労を考えると、決して手を抜くことは許されない。
これからの人生、全身全霊をかけて、一生懸命に「良く生きて」ゆきたい。
そして、いつか必ず恩返しをする。 |
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2005年12月15日(木) 『税制改正大綱』
自民、公明両党が税制改正大綱をまとめた。
大綱のポイントは二つある。定率減税の2007年全廃。そして、たばこ税の増税である。
定率減税の全廃により、夫婦と子ども2人年収700万円の家庭で年間約8万2000円、納税者全体では3兆円余の大型増税になる。
たばこ税は、1箱20円程度の値上げになる見通しだ。
与党は、今回の衆議院選挙で、「サラリーマン増税はしない」と明言し、選挙を闘ったはずである。しかし、選挙が終われば、わずか3ヶ月でこの始末。
政治家の公約がこうも軽く扱われていいものかと、大いに疑問を感じる。
「やらないこと、やれないことは言わないこと」
これだけは肝に銘じて、政治活動を続けてゆきたい。
財政再建は何がなんでもやらなければならない。しかし、増税よりもまず先にやるべきことがある。それは、「税金の無駄遣いの構造にメスを入れること」である。このことは、政府・自民党も共通認識のはずである。しっかりとやってもらいたい。 |
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2005年12月14日(水) 『菊池尚人さん』
岡山市長選挙では、必ずしも主義主張が一致するわけではない複数グループから応援してもらったが、その調整役を果たしてくれたのが、総務省(旧郵政省)同期の菊池尚人さんである。
平成5年郵政省入省組みは25人。
このうち既に8名が退職しているが、彼もその一人である。
同期No1の実力を持ちながら、早々に霞ヶ関に見切りをつけ退職した。
友人のベンチャー設立を手助けするほか、スタンフォード大学日本センターのフェローや、音楽制作者連盟理事などの要職に就いている。
今回の選挙は、手弁当で一ヶ月間、張り付きで応援してもらった。
腹心の部下をまだ持っていなかった私にとって、唯一、心許してわがままを言える存在だった。私へ舞い込む様々な難題を彼に裁いてもらった。
今でも一月に一度か二度、岡山へ来て、若い仲間達にアドバイスをしてくれている。
どうして彼がこれほどまで応援してくれるのか、正直言ってわからない。
しかし、こういう素晴らしい友人がいることが、私の何よりの誇りである。 |
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2005年12月13日(火) 『団 宏純さん』
岡山市長選挙の一週間後、東京にいるはずの友人が訪ねてきた。名前は団 宏純(だん ひろずみ)さん。
県庁時代に、私が創設した「eトップエリア」という制度がある。
岡山市中心部に新たに進出した企業に対して、補助金を出す制度である。
この制度により東京から進出した第1号企業が、IT企業大手の潟Cンフォコムであり、団さんはその岡山支店長であった。
団さんは、先日、潟Cンフォコムを退社したとのこと。
そして、起業を考えており、また、政治にも関心があるとのこと。
「これはチャンス!」とばかり、彼に「一緒に会社をやらないか」と持ちかけた。
今後、政治活動を続けるにあたって、まずは私自身が生活してゆかなければならない。また、スタッフを雇い、印刷代や郵送代などの活動資金を捻出しなければならない。
そのために、これまで培ったきたIT分野での経験を活かし、起業を考えていた矢先であった。
私一人では難しいと思っていたが、思わぬところから強力な助っ人が現れた。
ぜひとも、彼と二人三脚でこのIT事業を成功させてゆきたい。 |
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2005年12月12日(月) 『長井 孝介さん』
今月から、私の政治活動を支えてくれる長井孝介さんと行動をともにしている。
長井さんは、今回の衆議院選挙から菅源太郎さんのスタッフとして活躍し、引き続き、私の市長選挙も手伝ってくれた。
市長選敗戦後、3日後のこと。
長井さんから「会いたい」との連絡があった。
長井「高井さんもう一度市長選挙やりましょう。私も全面的に応援します。」
高井「申し出はありがたいが、秘書を雇うお金はないよ。」
長井「お金は要りません。アルバイトをしながら、高井さんを支えます。」
今後の方針に思い悩み、途方にくれる私にとって、何よりも勇気づけられる言葉でした。
こういう人が一人でもいれば、続けられる。否、続けなければならない。そう思いました。
長井さんは、朝早く私を迎えに来てくれ、朝街宣を一緒に行っています。
朝食を一緒にとり、そのまま彼の運転で、夜遅くまで挨拶回り。その後も事務所で深夜までデスクワーク。
彼の期待を裏切らないように、しっかりと頑張ります。 |
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2005年12月11日(日) 『研修3日目』
研修三日目。本日も多くのことを学んだ。
自分はこれまで大勢の人に支えられて生きてきた。
しかし、本当に、支えてくれた人たち、信頼してくれる家族や親友に、全力で向き合ってきたのか。信頼されるに足る行動をとってきたのか。答えはNOである。
これだけの人に支えてもらいながら、100%力を出し切っていない自分に不甲斐なさを感じると、自然と涙が込み上げてきた。
「決して手を抜かず、何事にも全力投球で生きてゆくこと」。
これこそが、支えてくれた全ての人に対する最高の恩返しと信じて精進したい。 |
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2005年12月10日(土) 『研修2日目』
研修二日目。多くのことを学んだ。
この研修の目的は「自己変革」。
埋もれてしまっている「自分の価値」を再発見し、それを磨き上げ、そして表現することだ。
本来自分が持っていた価値は、大人になるにつれて固定観念によって、歪められ、錆びついてしまう。様々な体験学習を通じて、その価値を見つけ出す。更にそれを表現するところまで高める。そんな研修である。
私が再発見した「自分の価値」とは、「優しさ」「強い意志」「行動力」。
いずれも自分にはない資質と思っていたものだが、実は、潜在的に持つ「自分の価値」だと気づいた。
これからは、自信を持って、「自分の価値」を表現してゆきたい。 |
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2005年12月09日(金) 『経営者セミナー(研修)への参加』
本日から3日間、大阪で中小企業経営者向けのセミナー(研修)に参加する。
全国的に大変好評なセミナー(研修)で、私の周囲にも受講者が多い。先月、広島で基礎コースを受講し、本日からはステップアップコースである。
合宿形式で行われる厳しい研修であるが、必ず成果を得て帰りたい。
経営者と政治家には共通点が多い。
大勢の人の人生を預っている。自分のことだけでなく、仲間のことを考えることができるリーダーでなければならない。
そのためには、まず己を知らなければならない。
そして、自己を変革してゆかなければならない。
私は、このセミナー(研修)で、「己に勝つ強い意志」を得たい。
そんな目標を持って参加する。 |
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2005年12月08日(木) 『「12月8日」という日』
本日は、太平洋戦争勃発(真珠湾攻撃)の日。
また、ジョン・レノンの命日でもある。
毎年、「平和」について考えさせられる日だ。
自民党が主導し、総選挙大勝の余勢をかって、憲法改正論議を進めているが、今回の総選挙の争点に、憲法改正は入っていない。
議論は大いにすればいい。しかし、結論は拙速に出さないでほしい。
国民的議論を深め、必要に応じて、総選挙で信を問うてもらいたい。郵政民営化程度の問題で、総選挙を行ったのだ。当然であろう。
姫井県議や親友の臼井さん(たこ焼き屋「KUYA」の店長)らが、岡山弁で憲法を訳し、一冊の本にした。
本日が記念すべき出版日。学校などに寄贈し、子どもたちに読んでもらいたいそうだ。素晴らしい取り組みに拍手を送りたい。
そして、いつもわがままな臼井店長を支えている「もりんちゃん」(「KUYA」店長補佐)にもそれ以上の拍手を送りたい。 |
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2005年12月07日(水) 『狂気の世の中』
凄惨な殺人事件が続いている。
昔から、殺人事件はあったが、今日ほど多発していなかったと思う。
また、到底理解できない動機であったり、手口が残忍であったり、どこか、人間が壊れている気がする。
原因は何か。やはり、教育の問題に行き着くのか。
学校・家庭・地域(コミュニティ)の3者が、しっかりと役割分担し、タッグを組んで取り組まなければ、この問題は解決しない。
特に、地域(コミュニティ)の力が問われている。
行政(地方自治体)の役割も、真剣に考え直さなければならない時が来ている。 |
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2005年12月06日(火) 『挨拶回り』
選挙中お世話になった皆さんへの挨拶回りを行っているが、思うようにはかどらない。皆さんにご心配いただくあまり、ついつい長居をしてしまう。
選挙期間中、候補者は「誰にどれだけ応援してもらったか」は、全くわからない。選挙が終わってから、教えてもらって後から気づく。
「あの人があんなに応援してくれていたんだ!」と。
余りにも大勢の人に応援してもらっており、皆さんにご挨拶して回るのは相当の時間を要する。しかし、どんなに時間がかかっても、全ての方へご挨拶に伺いたい。
そこからが、次への始まりだと思っている。 |
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2005年12月05日(月) 『道産子(どさんこ)会』
北海道出身者ほか、北海道ゆかりの岡山在住の皆さんによる会があります。その名も「道産子会」。
私は、北海道函館市出身です。
3歳までしか北海道にはいませんでしたが、やはり生まれた地であることに変わりありません。先月、この道産子会に入会し、国体で来岡された北海道選手の応援にも行ってきました。
今日は、道産子会の事務局長さんとランチを食べに行きました。
お店は「火の玉」といって、マスコミにも取り上げられ、すっかり有名になった「札幌名物・スープカレー」のお店です。店長は札幌出身の方で、道産子会のメンバーです。
スープ状のカレーをライスにかけてもよし、スープとして飲んでもよし。食べ方は自由です。味も絶品です。
皆さん、ぜひ一度お試し下さい。場所は、岡山駅西口・国際交流センター前です。 |
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2005年12月04日(日) 『第九コンサート』
津山市で一足早い「ベートーヴェン 交響曲第9番『合唱つき』」の演奏が行われた。
残念ながら、所用で聴きに行けなかったのだが、実は、私は、当初この合唱団のメンバーとして参加する予定だった。津山の江田五月会の方からお誘いを頂き、「9月から月2回程度の練習で大丈夫」とのことだったので、やる気満々で参加するつもりでいた。
ベートーヴェンの「第9」は、クラシック音楽の中で、否、あらゆる音楽の中で一番好きな曲である。晩年になり耳が聴こえなくなったベートーヴェンが、このような名曲を作ったとは、奇跡としかいいようがない。
ちなみに、二番目に好きな曲は、チャップリン監督・主演の名画「ライムライト」の主題曲。これも楽譜が読めないチャップリンが作曲したというから、奇跡としかいいようがない。
「第9」を唄うことは少年時代からの夢で、とても楽しみにしていたのだが、衆議院選挙・岡山市長選挙と続くスケジュールで完全に頓挫してしまった。せめて、Oさんの唄う「第9」を聴きたかったのですが・・・本当に残念!
来年こそ、夢であった「第9」の合唱に挑戦してみたいと思っています。 |
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2005年12月03日(土) 『必志会』
今回の市長選挙を支えてくれたメンバーに、若手経営者グループがある。
政党とは関係なく、勝手連で高井個人を応援していただいた。その名も「必志会」。選挙中の本隊車の運行をはじめ、多大なるご支援をいただいた。
本日、必志会メンバーによる市長選挙総括会議が行われた。
岡山を変える、そして、新しい岡山を創造するためには、若い世代の皆さん、特に経済界若手グループの皆さんが立ち上がることが不可欠である。
今回の選挙でも、必志会はもとより、りんりん隊に協力してくれた学生をはじめ、多くの若い世代に力を貸してもらった。
その結果、某地元新聞社の出口調査でも、20代の支持率はトップに立った。
次の選挙でも、若い力を結集し、闘ってゆきたい。
そして、若い力で岡山を変えたい。 |
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2005年12月02日(金) 『NPO活動』
最近、様々な分野でNPO活動を行っている方とお話しする機会が増えている。
本日も、子どもを対象にワークショップを行うNPOの方とお話しする機会があった。
私も、NPO法人「CANVAS(キャンバス)」の発起人でありフェローを務めている。このCANVASは、「こども向け参加型創造・表現活動の全国普及・国際交流を推進するNPO」として、総務省の支援のもと、2002年11月に設立され、学校教育関係者、博物館関係者、アーティスト、関連企業、地方自治体など、さまざまな分野の方々と連携し、全国各地でワークショップを開催している。
本日お話を伺ったNPOの活動とよく似ており、今後連携もできそうだ。
これまでは、公務員であったり、政党に所属していたりと、市民活動を行うには何かと制約が多かったが、これからはフリーな立場で、市民活動に参加できる。ただ参加するだけでなく、一緒に汗を書いて、お役に立ちたい。そして、その中で現場の本当の苦労を体感してゆきたい。
NPOや市民活動で人手が足りないなどの情報がありましたら、ぜひともお手伝いしたいので、教えて下さい。 |
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2005年12月01日(木) 『大阪市長選挙』
前民主党代議士の辻恵さんが、急遽の出馬で、大阪市長選挙を闘ったが、現職の関氏に大差で敗れた。
自公の壁に対し、元民主党でありながら、政党の推薦を求めず、市民党の立場で、超短期間の選挙を闘った辻さんに、つい自分の姿を映し出してしまった。
辻さんは岡山市長選挙の結果をご存知だっただろうか。政党の名前が出ない、無所属市民派選挙の厳しい結果を。
それにしても、大阪でもやはり低投票率。岡山市長選挙の43%を更に10ポイントも下回る33%。これでは市民派候補は勝てまい。
市民派選挙を闘うためには、投票率を上げること。特に若者層の掘り起しが絶対に不可欠である。そのことを改めて認識する選挙結果となった。
雪辱を期すべく若い仲間たちが、今から投票率アップに動いてくれている。心強い限りだ。私も、心して頑張りたい。 |
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